父から仕事は苦役と教えられた私のキャリア | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

うちの親というか

父は仕事が好きではなく

耐えて仕事してたように感じる。


そもそも人付き合いが苦手で相手の気持ちを読むとか

まぁ難しいし

防衛から強気にでて誤解を招く。


そんなこんな不器用な父は

本来賢くて、高校時代に県外の発展的大企業からスカウトの声がかかっていたけど、

祖父母から長男として県外出るな指令があり

地元の手堅いインフラ系企業に入った。


出だしからコントロールされてて

「被害者」人生なんだけどね。


それから

地元企業で母と出会いすぐに結婚。

社宅に住みながら子供を2人もうけた。

姉と私ね。


ある日丸坊主で帰ってきたことがあって

仕事でなんか大失敗かなんかしたのか

理由も言わずそんなこともあった。


貧乏で

銀行口座にマイナスがでるような家計。

贅沢品はなし。

クリスマスもたいしたプレゼントもなく、誕生日もあまりもらえたものを覚えてない。

服は母の手作りのワンピースやら毛糸のチョッキ。

まぁ市販のものも着てたけど、手作りも多かった。


とはいえさすがに

中学になると服を自分で選んで買い始める。

高校になればバイトで好きなもの買えるようになった。


私が高校生くらいの頃に、なんかの拍子にみた父の給与明細では55万くらいの額面の月収もらってたようでそれは印象的。


42-44くらいの年齢だと思うけどね

ボーナスも他にあったと思えば

私よりもらってるじゃん。

旦那よりもね。


そんなことで、いつのまにか貧乏は解消されてたようだが、50代後半か60代前半でリストラに。

そこから子会社に入って、初任給みたいな給与にもどったようだ。


まぁでも、彼は70歳まで働いたからね。

よく頑張ったよなぁ。


しかし私は彼が楽しんで仕事してた印象は一切ない。

行きたくないけど我慢していってたとしか思えない。

だから、私の中には

「仕事は我慢が必要」って根付いてる。


苦役なの。


一方母親は楽しく仕事してたよ。

まぁでも

23時まで仕事してて、それは遅いなぁと思ってたけど。

でも楽しそうだったよ。彼女にあってる仕事だった。

月々の給与は5万程度で恐ろしいほど低かったけどねwww


楽しい仕事は給与が安く

苦しくて我慢すればいつか給与は上がる、と

そんな法則が私に根付いた。


それは果たして

どうなのか?


そんな私はキャリアコンサルタントになった。


仕事は苦役で

我慢しないと給与は上がらない、なんて

そんな刷り込みされてる人が

他人のキャリア形成を支援できるのかね?


歪んでないかな。

そこから逃れて、妙なきれいごと言うのかな。


私の上司は2人いる。

1人は苦役型。

1人は「嫌な仕事はやらない」主義。

だから私に嫌な仕事やらせない。


私のアップデートをしてくれる上司なのでした。


しかし、

そんな上司に出会えてラッキーなんだけどね

私のこの刷り込みはどう消えるのかな?

消えずに調和するのかな?


苦しい時はまだまだある。

でもありがたいのだ。


父を恨まない。

けど。


仕事に楽天的な父の元に生まれていたら?とは

思う。


しかしそんな私はキャリアコンサルタントになろうと思ったかしら?