私は、人間があんまり好きではない。
なぜなら人の気持ちが全くわからない生き物だからだ。
自分の利益を優先して周囲を犠牲にして、それで満足していることもできる、そういう生き物だから。
私自身だって間違いをたくさん犯すし、ひどく人を傷つけたことがあるけどな。自分含めてな、本当嫌なんだよ。自分も人間だからね。
私は今まで、たくさんの人に傷つけられてきたし、理解されることがあまり少なかった。
だけど私はその分たくさんのことを考えて、いろんな人の気持ちを考えて、想像力を膨らませて、本をたくさん読んで、映画見て、知見や情報増やして、いろんな角度からものを見るようにして、努力をしてきた。
だからこそたくさんの人に受け入れられるような存在になったのかもしれないけど、
別にそんな努力の必要がない人もいる。
その違いって何なんだろうね。
私は、人を傷つけたときに、ものすごく反省するけど、はっきりいって傷ついたレベルなんてその人にしかわからない。
私は幼い時から今に至るまでたくさん嫌な思いをしてきたけど、この嫌な思いを100%わかってくれる人なんていないと思う。
逆に周りの人の気持ちも100%わかることなんてできない。
ただ共感してもらえる人がいるっていうのは大きく違うかもしれないね。
最近、大人びてきた息子が、私の気持ちがわかるよと寄り添ってくれるようになった。ほんとにありがたいなって思うし、孤独な気持ちがかなり癒された気がする。
孤独って今言ったけど、孤独ってことに何か抵抗があるかっていうと私は実はなくて、
私の場合は昔から孤独が当たり前だから、
別にそこに何もないんだけどね。
ただ、私の気持ちに真に寄り添ってくれる人、
多少今までもいたけど、ホントの意味で現れたと言うのであればそれが息子なのかもしれない。
息子は別に気持ちでベタベタしてくるわけじゃないけど、スッと「ママの気持ちわかるけどね」と、理解を示してくれる。本当にありがたい。
ただやっぱり思うのは、人間と言うのは不便な生き物で、気持ちとか感情があることで本当に嫌な体験をしている。逆にいいことはもちろんあるけどね。なんていうか、私にとって悪いことの方が多いかなぁ。
だって無神経な人多いんだもん。想像力かけるし…、広げる努力もしてない人も結構いるし。
だから人間なんてやるもんじゃないと思った。
私は自分を人工的に鍛えあげて、弱さをカバーして調整して生きてるから、弱い人の気持ちもわかるし対処の方法もわかるしサポートもしてあげられるし、そんな気持ちに心から寄り添うこともできる。
それは私の強みだけど、別にそうなりたくてなった訳じゃないし。
やっぱ不便なんだよね。
不便な世界だわ。