わたしの強みというのは
最後に追い詰められても、
「それでなにか?」と思えること
それかもしれん。
みんな人間なんて
入れ物、道具というか
誰も彼も意味なんて持ってないとしってるから。
わたしの価値?なんだそれ?
上位の意識の時には
そう思う。
一方下位の意識の時は
「わたしの価値はわたしが決める」と思う
つまり「わたし」だ。
上位の意識のときに
「わたし」だけの話はない
誰だっていいのだ
変な話命もいらない
たまたま命があるだけだから。
魂としては
そこにあるだけだから。
上位の意識にいくと
わたしじゃなくても
わたしでも
なんでも良くなる
価値なんて求めなくなる
違いなんてなんでもよくなる
そこにただあるから
意味を求めないの
その世界は知ってる
その世界にいくと
人間ぽい楽しさはあんまりないけど
楽しいのは楽しい
個を超えた楽しみだ
熱中、フロー
そんな状態。
あれは
個の「わたしが」の状態ではない
そんな意識を超えてるから
楽しいというか
エキサイティング
個を楽しみたいなら
それもいい。
でも
年齢重ねると個の意識を
捨てるのはたやすくなるね。
守り、防衛の意識や
わたしだけのなんちゃら、価値、みたいものに
意味を与えて自分を勇気づける
そんな若い時期を超えて
自我を捨てた先の話。