責任と胆力次第。
決断する胆力ですよ。
「どこの店にする?」「何たべたい?」
「決められない、〇〇ちゃん決めて!」
とかよくある風景。
いや、決めよう。
意見言おう。
否定を怖がるなって。
それか、素直に言えって。
「わからないから選べない、だから今回は任せる」とか「わたしが決めなきゃなら、決める判断材料の情報ください」とかね。
そういうことなんだよ。
いや、飲食店選びの話でなくね。
決定することは
おおきなこと。
責任を背負うことなのだ。
だから、決定することが多い層
まぁ組織でいえば
プレイヤーから外れ始めた
まぁ課長以上。
だいたい部長以上の人たちね。
彼らは決定して責任負うのが仕事なのよ。
若いうちはあんまりわからんやつ(能力)だ。
決定の基準や指示出し内容が
腕の見せ所よな。
自営の社長は
プレイヤー兼務も多いから、まぁ大変だけど自由だし裁量も思うままだし、よいよね。
その分、責任は全部自分で負うけどね。
従業員の人生の責任もね
負ってて大変だと思う。
友達にも経営者がいるが「雇ってくれ」と言うつもりもないが、彼らの背負ってるものが見えると、なかなか冗談でも言えないもんだよ。
いろんな考えの人がいるから、相手によるけどね。
決定することは難しいもんだよね。
ことを為すのはね。
決定の連続なんだよね。
日本が男性社会であり続けるのはね
「決められない、〇〇ちゃん決めて」
と他人に決定を任せがちな、女性の性質のせいもあると思うよ。
彼女らは決定に文句も言わないけど、次回も店決めないんだよ。漂うだけ。流されて終わり。
だから、
決める人が世の中には必要。
でも、決められない人にも、仕事はあるしね。
作業的なやつはたくさんある。
制限付きの思考ゲーム楽しめる、こじんまりした仕事もあるし。
みんな給与は高くないけど、全然楽しめるはず。
決定しなくてよいのは楽。
わたし在宅になって
気持ちが楽なのは、「材料集めと判断と決定」を
する機会が激減したからかもね。
毎日フル回転でやってたから。
ボケそうだけど
楽だ。