決定する力 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

ことを為すか為さないかは
責任と胆力次第。

決断する胆力ですよ。

「どこの店にする?」「何たべたい?」
「決められない、〇〇ちゃん決めて!」

とかよくある風景。

いや、決めよう。
意見言おう。
否定を怖がるなって。
それか、素直に言えって。
「わからないから選べない、だから今回は任せる」とか「わたしが決めなきゃなら、決める判断材料の情報ください」とかね。

そういうことなんだよ。
いや、飲食店選びの話でなくね。


決定することは
おおきなこと。
責任を背負うことなのだ。

だから、決定することが多い層
まぁ組織でいえば
プレイヤーから外れ始めた
まぁ課長以上。
だいたい部長以上の人たちね。

彼らは決定して責任負うのが仕事なのよ。
若いうちはあんまりわからんやつ(能力)だ。

決定の基準や指示出し内容が
腕の見せ所よな。

自営の社長は
プレイヤー兼務も多いから、まぁ大変だけど自由だし裁量も思うままだし、よいよね。
その分、責任は全部自分で負うけどね。

従業員の人生の責任もね 
負ってて大変だと思う。

友達にも経営者がいるが「雇ってくれ」と言うつもりもないが、彼らの背負ってるものが見えると、なかなか冗談でも言えないもんだよ。

いろんな考えの人がいるから、相手によるけどね。

決定することは難しいもんだよね。
ことを為すのはね。
決定の連続なんだよね。

日本が男性社会であり続けるのはね
「決められない、〇〇ちゃん決めて」
と他人に決定を任せがちな、女性の性質のせいもあると思うよ。
彼女らは決定に文句も言わないけど、次回も店決めないんだよ。漂うだけ。流されて終わり。

だから、
決める人が世の中には必要。

でも、決められない人にも、仕事はあるしね。
作業的なやつはたくさんある。
制限付きの思考ゲーム楽しめる、こじんまりした仕事もあるし。
みんな給与は高くないけど、全然楽しめるはず。

決定しなくてよいのは楽。

わたし在宅になって
気持ちが楽なのは、「材料集めと判断と決定」を
する機会が激減したからかもね。

毎日フル回転でやってたから。
ボケそうだけど
楽だ。