黒猫とカラス | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

今日の朝
高次元の存在に語り掛けながら
車を運転してた。
内容は
「意図がある人間とない人間、どちらがいいのか。
 現実創造能力が高いのか、低いのか」と

まもなくして
私は
ある光景を見た。

道路の上のカラス。
その前にある黒い塊。

道を進み近づいてきて見えてきた。

黒い塊は、ぺちゃんこの子供の黒猫の死骸だった。
そのそばには小ぶりなカラスがいた。
黒と黒。
小さな存在たち。

通る車はみんな
黒猫を再度ひかないようによけて通ってるため
狭い道路は渋滞していた。


カラスは
まるで黒猫に寄り添っているように見えた。

カラスは黒猫の死骸を食べに来ただけなのだろう。
そもそも、ついばむことってどうなのか。
悪いことなのか?カラスはそこに死骸があるからついばむだけだ。

私には、仲間に寄り添っているように見えた。


人もそうなのか。
実はそこに何も意図はないのか。

そこについばみたいものがある。それだけでついばむ。

意味を付けるのは
観察者だ。

でも実際に、意味はないのだ。



私が見たのは、その場面。

意味のない場面。
何の意味もない場面。

意図も意味もない場面。

意図がある、ない、
それってどういうことなのか。


今ここに立ち戻る。