死にそうだ。
もう90歳。
父方の祖母だ。
人が1人亡くなるってのは
産まれると同じくらい
大変なんだろうが…
それでも
何だろうね。
あんまり
わたしは
感情的にならないし
かなり落ち着いてる。
落ち着きすぎ。
おじいちゃんが亡くなって
それは、悲しくて
思い出せばいつでも泣けて
七回忌のお経の時も
号泣してた。
しかし、なんだろな。
死ぬまで
わからぬ。
おばあちゃんは
月に一度
訪れる私たち孫を可愛がってくれた。
だけど、
なんでかな。
母が、おばあちゃんを敵視というか
あまり良く見なくなってから
わたしもあまりおばあちゃんを好きではなくなった。
「母を苦しめる存在」になったから。
でも、
思い出の中には、いつもりんごジュースをわたしに用意してくれるおばあちゃんがいる。
落ちてた石を
観音様の形に似てるから、と
崇拝してたおばあちゃん。
神棚みたいなものまでつくって祀りあげてた。
おじいちゃんが大好きで、近づく女にヤキモチ全開のおばあちゃん。
嫌味言ってたなあ。
蝶々のサナギが好きで集めて、サナギが孵るのを見てたおばあちゃん。
鈴虫が好きだったおばあちゃん。
子供みたいな部分をずっと持ってたのかもね。
まだ生きてるけどさ。
でも、なんだろうな。
また、おばあちゃんは
虫を集めて音を聞いたり
サナギが蝶に孵るのを
見れるかな。
お寺に通い詰めて
掃除を頼まれてもいないのにやり続けていたら
寺の奥さんに疎まれた。
でも続けていたら、お寺の住職さんに
「いつもありがとう」と徐々に存在を認められて
お正月には五万円もらったんだ、と
とても嬉しそうに
私たち孫に話してくれた。
それがきっと
彼女の成功体験。
五万円もらったこと。
人に認められたこと。
その喜びを
また得られるだろうか。
認められることが
不要な世界にいくのだろうか。
虫を見つけて追いかける
好奇心たっぷりの
おてんばな女の子。
それが
おばあちゃん。
母から
文句ばっかりききすぎて
おばあちゃんのこと見失ってたなあ。
おもちゃ箱。
ありがとう。