隠す気持ちが曇らせる。 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

顎が歪んでいる女優がいて
彼女は 
外国式の施術でだいぶ改善したみたい。

私も彼女見るたびに
ひどく顔が歪んでいることが
気になっていた。
でも改善したならよかった。

彼女はブログで必ず
歪んでる顎を
手や本、物で隠す。
そりゃもう、不自然に。

毎回毎回。


なら顔出さなくてもいいのに、とも思うが
そういうことにも行かないらしい。

前に書いたエラが張ってる女優も同じ。
じゃあ、自分の画像ださなくてもいいのではないか?


と思うが。
隠したり
角度を変えたり
修正したりして
毎回似たような
自己満足画像を上げる。

なぜだ。


と思う。

私は、
多分気になるということは
彼女らと
同じような部分があるはずだが、
外見ではないような気がする。

見せたくない部分を隠して
毎回
「ドヤ」と
表に出る。


見せなくない部分
都合の悪い部分を
毎回同様に隠す。

それは
まるで輝いてない。

なんだろ。自己満足なんだけど
貫けない自己満足。
人の目を気にした自己満足。

曇ってて。

魅力薄い。


わたしも
自分の隠したい 
本性?弱みを
隠してるつもりで生きてるからなのかもしれない。(大抵他者からは丸見えなので「隠してるつもり」という表現となる)


わたしの
都合の悪い部分。
見せたくない場所。
弱み。

それを隠して
良いところを見せようと
相手が求める自分を演出して


それなのかな。


自分の見せたくない場所。
それを他者から認識されると
自分の価値が下がるように錯覚。


顎が歪んだ女優
エラが張ってる女優


隠しても隠さなくても
わたしの中の彼女たちの価値は同じ。

むしろ、
彼女たちのエネルギーは
劣等感を隠してることで
くすんだ光となる。

そんな状態が
わたしは気になる。

そしてそれは私自身なんだろう。