私が
周りの人に出来なくて
自分ので出来ること
理解できてきたのは
他でもない。
上司と同僚のおかげである。
私の直属の上司は
筑波大の偏差値65くらいのひとで
感覚的なのにロジカルで、宇宙人みたいなのにフンワリした穏やかな女性。
さらにその上は慶応大卒の男性。
その直属上司から
多くを真似して学んでいるのだ。
彼女が私に多くの「考え方」「行動」を示してくれたおかげで、私は少しずつ身をもって成長できているのを感じる。
この歳にして、だ。
ありがたいこと、この上ない。
また、その上の上司は
本質的な考え方をいつも見失わず
そのためには今ある習慣や文化を臆することなく壊すなど、驚くようなこともしてくれて
私の固定概念の枠を外してくれる。
ありがたいのである。
また、
同僚。
感覚的であまり賢くはないが、
彼女の具体的な行動は
実務的に参考になる。
ミニマムなレベルで学びがある。
彼女無しでは細かな仕事を進めるのが苦手であっただろう。
あまりに不器用で、アレだが悪いひとではない。
高い視点と低い視点
両方を得て私は学ぶ。
1人では無理だった。
完全に無理だった。
今でも学ばせてもらえること、自分に足りないものに気づかせてもらえることは
本当にありがたい。
私がやってやってるのよ、と
この歳になれば
なれた仕事に傲慢になるかもしれない。
しかし、そうならない私は
非常に恵まれているのだ。
自分にない部分を持つ人たちが
周りにいてくれるからである。
ありがたい。
ありがたい。