自分に許可をあたえる。
怖い顔してダメ!と言われたら
その行為はいけない。
そして
なにか壊しても、親に怒られなければ
それは大丈夫なこと、許されることなのだ。
そのうちに
先生もその対象になる。
しかし、親が絶対だ。
そのうちに
ダメならダメ、の理由が明確にわかってくるが
親の反応が頭ごなしすぎて
その恐怖や不安をまた感じたくない、という
気持ちから
理由すら考えられなくなる子供も
いるかもしれない。
機嫌の悪い親の顔色が
何よりの印象で
事象や理由が全く頭に残らないのだ。
子供が敏感すぎる、または親の配慮不足や
親が未熟すぎるなど
いろいろ要因あるんだけども
私がその子供の1人である。
アダルトチルドレンまで行かないかもしれないがいつまでも
親の顔色というか
いや具体的には
親ではないが
親に代わる、上司の顔色を見てしまっていた。
なまじ気に入られてしまうがあまりに
相手の気に沿うように振る舞った。
しかし
自分に許可をあたえるのは
上司ではなく
自分だ。
仕事の上では上司の判断が必要だけど。
なぜだろう。
わたしは 彼らの許可、
上司だけでなく先輩もそう
彼らの許可がほしいのだ。
しかし、一方で
あんたらの許可なんていらないわ、と思う対象もいる。
これ、これは。
仕事の上で
尊敬してるかしてないかもあるのだけど
視点の高さとか角度とか洞察力の深さとか
経験値とか、まあいろいろ含め…
でもね。
顕著に違うのよね。
そうでない人とそうな人と。
わたしの中の
序列なのだろうか。
許可、いりますか。
ホッとするのかな。
自分の考えが肯定されることが、
自分であることを許されるようで。
ううーん。