「望みはなかなか簡単にかなわない」という
環境をつくらないと楽しめない。
それをみんな無意識でわかってるので
調整しているのである。
人間てあざとい。
そんで、それなのに
「思い通りにいかない」とか
落ち込んだり、騒いだりするのだ。
でも
そのゲームを楽しまない人は
そもそも願望達成ゲームプレイヤーからは
到底感覚が違いすぎて
信じられないかもしれないが、
そもそも願望がないのである。
あっても
コーヒー飲みたいな、飲もう。とか
〇〇欲しいな。今度見つかるといいな。(忘れる)→たまたま出先で見つけて買う、人からたまたま貰う
とかを繰り返す。
望むというより、考えつく。
考えついたあとは、必要であれば具体的にイメージしたら手放す。
それで終わり。
その後、たまたま、引き合わされて手に入る、と。
それが当たり前なので
欲望に執着しなくなるのだ。
願望達成ゲームプレイヤーたちからすると
「え、じゃあ何のために生きてるの?」的に
物欲全開ゲーマーとしては
なりそうなのだけど
単純に「今を楽しむ」ために
生きているのだ。
私は
モノに執着がないため
「願望」的なものは
かつては自己顕示欲だとか
承認欲求なんかに集約されていたのだけど
今はそれすらない。
願望達成ゲームは楽しいけれど
そもそも叶って当然なのである。
ただ、環境ごと願いは叶うので
なかなか認められない環境➕認められる状況
なかなか手には入らない環境➕手に入る状況
だとか
環境設定まで
望んでいる場合はもれなくセットで
提供される、と。
それも自分次第のおまかせコースなんだよね。
人間て面白い。
わかってて遊んでいる人も
わからないで遊んでいる人も
わざと忘れて遊んでいる人も
わからないふりをして遊んでいる人も
みんな自分の望む体験を出来る。
それがこの世界なんだよね。