誰でも望みは叶う | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

望みを叶える、という「ゲーム」は
「望みはなかなか簡単にかなわない」という
環境をつくらないと楽しめない。


それをみんな無意識でわかってるので
調整しているのである。


人間てあざとい。

そんで、それなのに
「思い通りにいかない」とか
落ち込んだり、騒いだりするのだ。


でも
そのゲームを楽しまない人は
そもそも願望達成ゲームプレイヤーからは
到底感覚が違いすぎて
信じられないかもしれないが、 

そもそも願望がないのである。

あっても
コーヒー飲みたいな、飲もう。とか

〇〇欲しいな。今度見つかるといいな。(忘れる)→たまたま出先で見つけて買う、人からたまたま貰う

とかを繰り返す。
望むというより、考えつく。
考えついたあとは、必要であれば具体的にイメージしたら手放す。

それで終わり。
その後、たまたま、引き合わされて手に入る、と。


それが当たり前なので
欲望に執着しなくなるのだ。


願望達成ゲームプレイヤーたちからすると
「え、じゃあ何のために生きてるの?」的に
物欲全開ゲーマーとしては 
なりそうなのだけど

単純に「今を楽しむ」ために
生きているのだ。


私は
モノに執着がないため
「願望」的なものは
かつては自己顕示欲だとか
承認欲求なんかに集約されていたのだけど

今はそれすらない。

願望達成ゲームは楽しいけれど
そもそも叶って当然なのである。

ただ、環境ごと願いは叶うので
なかなか認められない環境➕認められる状況
なかなか手には入らない環境➕手に入る状況

だとか
環境設定まで
望んでいる場合はもれなくセットで
提供される、と。

それも自分次第のおまかせコースなんだよね。

人間て面白い。
わかってて遊んでいる人も
わからないで遊んでいる人も
わざと忘れて遊んでいる人も
わからないふりをして遊んでいる人も

みんな自分の望む体験を出来る。

それがこの世界なんだよね。