目も耳も口もある私が
目の前の状況を
誰かのせいにしたことはあるだろうか?
思い返そう。
先生のせい
親のせい
姉のせい
友達のせい
クラスメイトのせい
環境のせい
学校のせい
条件のせい
会社のせい
上司のせい
同僚のせい
誰かのせい
誰かのせい
何かのせい
何かのせい
そもそも
「~~のせい」
って
悪いことが起きるときに
表現をするが
それって
直線軸の存在を想定して
考えること。
本来直線軸なんてない。
物事に軸を通して
過去現在未来にして
原因とかを見つけるが
実際ね。
軸なんてないんだから。
多軸で見るならまだいいけど。
単軸で見るなんて馬鹿げている。
だからね
「せい」もおかしい。
軸を通すと
コントロールが生じる。
仕事は敢えてそうする。
軸を作るのが仕事ともいえる。
しかし人に軸を通して
コントロールはできない。
彼らは
その軸図をみて
動く。
物事をコントロールし
人はコントロールしない。
それが重要。
人は信じる。
信じる行為の中に
時としてフィードバックがあるけど
それはあくまで信頼の中だ。
そして力づける。
それだけ。