依存させたのは
私。
同じ職場の部下の男の子。
現在
振り切り中で問題視されている部分もありだけど
まあ具合悪くなるくらい仕事に没頭してくれて
ありがたいような。
コントロールきかないというか。
で、私に
最初は依存気味で
私を頼ってなんでも弱音を吐いてきて
いや今だって
私にしか本音を話さないけど
しかしそれにしても
精神的に頼られているなあと感じ
重たさとうざさを感じたのは一週間前。
今はない。
彼は周りの人を依存させてしまう体質で
頼られ体質。
で、彼もそれを望んでいる。
だが
私もある部分でそれがあるなあと
思った。
彼を依存させたのは私だ。
きっとそうなのだ。
で、私は
それをうまく断った。
力みをなくしたからだ。
拒否もなく
引っ張り込みもなく
背負い込みも
私にはない。
だから
彼も引いた。
でも頼る線を後ろに下げただけで
やはり私は彼の上司であるので
頼りのものであるには変わらない。
私もそれでいいと思ってる。
彼の言動を見ていると
旦那に似ているなと最近おもう。
余裕なく
最悪の状況をいつでも想定し
いらいらとし
重たい雰囲気を発し
口にする言葉は論理性を欠いている。
主語抜け
一貫性なし
途中で話のサブジェクトがどんどん変わる。
おいおい。
感情に呑まれている。
なぜそうなるか。
防衛が強くなっているときに
だいたい人はそうなる。
何を守るのか。
自分の価値かな。
それが
守る必要がなくなると
その戦いは終わるのだけどね。
彼らは
守るために戦うのか。
その必要性がある状態が
いつでも
好ましいのか。
いつでも言い訳は自分に。
しかし、
依存させるところは
私も以前からあったから
まあこれはどうかな、と。
突然に飼い犬を捨てるようなことはしないが
餌をやる役割を自分から他の人に交代くらいはするかな。
愛情は一緒。
私もただの
役割の人。
組織の人。
でも
組織の中で役割を果たそうと努力はする。
それだけだなあ。
でもねー
感情に呑まれる彼らは
いかに、客観的に自分を見れないかって
本当に、もっと左脳使おうよ。
理屈じゃないんだろうけどね。
不安で不安で泣きたいだけなのかもね。
でももう大人だから泣けなくて
そういってるんだなあ。
本当は、ただ「わーん、不安だよ~」って泣いて
「大丈夫」って誰かに
抱きしめてもらいたいだけなのに
それができないから
感情に任せて最悪想定していらいらして
当たり散らすのかな。
息子が
そうだもんね。
小学校に行く前に必ず
「ママ、なんだかさみしい、心配」と
泣いて私に抱き着いてくる。
私はしっかり抱きしめて
大丈夫、と背中をなでる。
それを1時間で10回以上繰り返す。
ねえ、
でもこれを誰もしてくれない
大人になったら?
つまり、そういうことかな。