私らしくない | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

私らしくないと言えば
私らしくもなく
髪の毛をずっとこの1年半伸ばしていたがようやく切った。
本日。

気が済んだのだ。

20センチくらい切った。

スッキリしたがまるで違和感がないので
ずっとこの髪形でいたかのような気分である。


さて私らしい
私らしくないというのは
そもそもどんなことなのだろう。


ふとさっき書きながら思った。

私らしい=マイペースで自分のことを根拠なく信じて突き進む。時として独善的である。自分を卑下せず、自分の魅力、能力を信じている。相手にこびない、相手は勝手に私を認めて好きになる。

という状態である。

私らしくない=自分自身に魅力も能力が足りないと感じる。常にもっとできているべきであり、出来ていないのは私の能力不足のせい、コミュニケーションの取り方のせいだと考える。相手に気に入ってもらおうと努力し、自分を抑えてまで演出する。その後そのリバウンドで疲弊する。

という状態である。



しかしながら
私は生まれたときから
物心ついたときから
それが私らしさのスタンダードだったかというと
まるで違う。

常に
「私らしくない」状態だったのだ。

だから

よくわからん。




書いていても。矛盾してるなあと思う。


しかし
ひとつわかることがあって
今起きている出来事は
タイミングを見て自分の中に出てきたものであるということ。


もう、7割は消化済み。

今浮き出てきたくだらない問題を
昨日は思いきり受け止めてムカついてしまった。

これだ。
最後の爆弾。


だけど今日になったら
ああ、たいしたことではないなあ。
相手にすることでもないなあと思った。


わたしはそもそも
仕事始めてからある程度たってから
そうだなあ25歳くらいから
誰とも対立することなく生きてきた。

私は敵がいなかったし
誰も私の陰口を言ってるという人も聞かなかったし
私も誰も悪く思っていなかった。

そして
誰かがもめていても
それはいつも外で起きていて
私は蚊帳の外。「あー大変そうだなあ」とただ横目で見るだけ。

性格の悪いおばさんに
からまれそうになっても
すぐに一目置かれて
トラブルにもならん。

私は非常に生きやすかった。


それなのに。
ここにきて
2015年8月半ばからですね、いろいろあったねえ。

私には無縁の
人間関係トラブルってやつが
きたのですね。


これは時期を見ての
出来事だったのかなあと思う。

自分で起こしたんだよね。


いじめられ
嫌われ
下に見られて
ぞんざいに扱われる。


そんな体験したことなかった。

しかし
私の行動の端々に
なにかしらの鼻につく部分があったからこそ
彼女たちの何かを刺激したのも一因だったなと思う。

まあ、悪いと思ってないけどね。
でも、もうどうでもいい話。乗り越えた。
もう仲がいいわけでもないが割り切った関係性が出来たのでよしとする。
向こうも私を認め始めたのが態度が変わってきた分岐点である。
そして私に判断力と自信がついてきたせいもあるかな。


そしてその後
その人に耐性がついた私に反感を持つ人が現れた。
相方だ。
あいつはやらかして人に迷惑をかけている。

人間としては嫌いでも好きでもないが
同僚としては煙たい。
邪魔である。何事もずれているのでコミュニケーションエラーが激しい。
認知力、思考能力が全体的に弱いので仕事も進みが悪い。
一つ一つを大事にとらえるので、仕事出来ん。

どうにもこうにもならん男。

だから関わらない分にはいいが利害関係が生じると
なんだあいつ、と思う。


関わらないようにしているが
どうしてもかかわるのだ。


その男が
どんどんやらかして
組織からどんどん追いやられて
さて
もう後がない彼がしたことは?

防衛心が高い彼がしたことは
同僚で唯一文句を言える私の悪口を
部下に言い始めたのだ。
私のいないところで。


くだらない。
部下はバカじゃない。

皆わかってる。
彼が前の会社で信頼がなくてリーダーからアルバイトに降格させられて、
しまいには
周りからの糾弾により辞めされたこと。
理由は部下が何かするとすぐに上司にチクる、部下がやらかすとそれをさらに上に報告する。
自分に矛先が来ない様に人を攻撃するのだそうだ。

彼がそんな人間だから
私のこともそういう人間だと思ってるのかもしれないなとふと思う。
自分のレベルに落として周りの人間を見るのだからね。下らん。

だからそばにいたくもないわ。

部下は私に報告しつつも
「monaさんのことを言ってることは本当に許せない。心配しないで、●●(私の上司)に●●(チーム仲間)と一緒に直に言うから」
となんだか
別に求めてもいないが、私自身以上に腹を立ててくれる男の子たち。(30代半ばw)

私は冷静に思うが
そんな「悪口」とか低レベルの行動をしている人がどうみられるかのほうが
本当に
ヤバいかな、と。


なんにしても
もう彼は月曜日以降に
上司の上司に何かしらの宣告を受ける予定なのだ。

間もなく処置が下される。

しらんけど。

とにかくでも

それまでに
間違いなく
私の中のプログラムは終わる。


過去という
私の中の曼荼羅の一部のゆがみで
気になっていた部分
それを
思いだして
認めて受け入れるという
一連の流れが
終了となるのだ。


みじめな部分だよ。

とてもとても。


でももう終わりだ。

だってもうみじめなことも
どうでもいいもの。


他人に受け入れららなかったのも
孤独だったのも
人を陥れようと思ったのも
自分を好きではなかったせいだからね。

思春期の私。


人を憎んだ記憶が
ちゃんと思い出せるよ。


この世から消したい、までは思わなかった。
だけど
精神的にクリティカルにダメージを与えたいと思った。


憎んだ人を思い出せるよ。明確に。
Y子ちゃん、A子ちゃん、R子先生、T先生、BBちゃん
F子、Tさん、T本、Y田、M恵、E美、H苅
これが中学くらいまで。
高校はT美とH子だけ。
仕事してからは、
最初に見下されてむかついていてもすぐに認められて形勢逆転かフラットな関係になったので
A崎、A石だけ。
ここまでが24歳くらいまで。
こっからずっと憎たらしい人が一人もいない。
今40歳ね。


・・・でもずっと残っていたんだよね。
5歳くらいから24歳までのやつ。


それが私の曼荼羅に
浮き立って残ってたものだよ。

これからそれは曼荼羅内に馴染む。
じわっと馴染む。

人を憎む気持ちが
悪いわけでもなんでもない。

ただそこにあるものだと今はわかる。


もうこの瞬間に馴染んでいる。

何が違うって
はっきり浮き立って存在主張してないだけなんだけどね。
憎しみはちゃんと在り様として「ある」。

でもねえ全体に溶け合えは
それは大きな完全体でしかなくなくなるから
もう切り離して浮き立たせる必要もないのだ。


それがワンネス
大洋感情にちかづく一つのステップなのかなあ。
もし刻むならば。


みんな一つになる。
馴染んでいく。
そして大きく

まるっと全体でとらえるようになる。
それが世界になる。