心配ごとのない世界 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

昔から
心配ごとを
リスト化していた。

紙に書いてリスト化して
それをみて安心していた。


父親は、そんな私を見て
おまえは、心配ごとを探して生きているんだな、と
心なくも言っていた。

私は傷ついたが。
まあ、その通り。

でも、私の子供も
似たような性質を持っていて

なんか、不安になると
身近に経験したことのある不安要素を探し、
ママ、明日は注射しない?
などと、
1日に何回も聞いてくるのだ。
父親には聞かない。怒るから。
私には聞いてくる。

私は明日はしないよ。と答えるが
なんども聞いてくる。

つまり、本当に明日
注射するかしないかがきになるのではないのだ。
なんらかの
もやっとした漠然とした不安があり
それに何かの事象を無理やりに重ね合わせて
表現してそれを除去してもらおうとしているだけなのだ。

私は自分が同じような性質だからよくわかる。
彼は安心したいだけなので
なんども答える。

でもたまに
何か、心配なことある?とか
改めて聞いたり
嫌なことがあったか
聞いたりもするが、大抵答えはない。

幼児は記憶が吹っ飛んでいる。


だいたい、行事の前になると
こうなることがある。

軽いチック症状も出るのでわかりやすい。
まばたきとかね。

さて、目の前の世界は
私自身を表す世界である。

心配ごとのない世界。

そんな世界
あるのかしら 笑

というか
私は心配ごとがあるほうが
安心していられるようである。


父親の見解は正解。


恋愛初期などのどハマりの中毒症状の時期を除き
安定すると

心配ごとを求める傾向がある。

何もないで
うまくいってる生活を
経験してないからかもしてない。

旦那に最近言ったこと。
「あんたは、念のためっていう行為が好きなだけ。そうすると、安心できるから。うまくいっていて安心しきっていたのに、それが裏切られるような経験をしたことを印象的に覚えていて
それを今も引きずっている。だから、いつもその過去の経験に怯えてうまくいってるときも最悪なパターンを想定し続けているんだ」
みたいなこと。

伝わったとは思えないが。笑

私は私に言ったのだから
まあ、良いだろう。笑


心配ごとがない世界なんて
何かに盲目的になってる世界しか思い浮かばない。
そしてそれは
あとから見ると
そのひずみを感じて、反省したり
しっぺ返しをくらうようなイメージである。

ああ、こんなのだから。笑


心配なんてしたくないんだけどね。
元来は
何にも考えてない。

周りを見ず
自分たちの欲求だけで進むことで
誰かが気づかないところで
傷ついているのではないかとか。怖い。


心配ごと
ない世界も体験したいものだが、
バランス的にありなのか。



未体験ゾーン。 

ちなみに今は
心配ごとが
あまりない。

母親の体調くらいだろうか。



家では、金のことばかり言うが
あえて言えば
金の濫用以外
悩みのない幸せ一家なのだ。

旦那も子供も
家計を顧みずワガママいうので
ほしい、食べたいものの話をする。
そうでなきゃ金の話もしないわい。

しかし、本当に本当に

それ、しか
悩みでもないし
実は其れ程、悩みでもない。

そんな今
何を悩んでいいのか
探している。


アホか。