退屈するくらいなら試練を選ぶ。
というか、選んできた。
3歳の幼き時から
私は
保育園にいくことは試練であったし、
小学校も、中学校も、試練そのものであった。
行けば行ったで楽しい時もたくさんあるが
基本は
いくときにワクワクなんてしない。
お腹の中を
ゴニョゴニョと緊張感でかき回し
硬直した仮面をつけて
毎朝通った。
そんな生活が
あまりにも長すぎて
ライフスタイルのデフォルトが
行きたくないとこに行く、
やりたくないことをやる、
に設定されている。
そのステージを起点として、でしか
人生の活路を今までみいだせていないので当然である。
アルバイトですら、
試練を感じながら行っていた。
しかし、最初は試練でも
最後は全部克服して
自分としてのびのびやれる、という
結果を出している。
つまり
試練あってのベースでしか楽しめたことがなくて
試練がなくなると
試練を探して回る癖があったのである。
私の
基本ステージは試練。
思い通りになる場所が
デフォルトではない。
最初からイキイキ出来る場所が
デフォルトでないのだった。
ちなみに
退屈が苦手なのは
退屈を満喫したこともなく
退屈に罪悪感もあるからだ。
しかし、
それももう、
どうでもいいや。
うんうん。
気づいたらすぐ変わるから
これももう書いたことすら
すぐ忘れるんだ。