今日
帰り際に
いつも通り嫌味っぽいメールが来た。
ビジネス文書にこれだけの嫌味を
言葉の端々に
にじますことが出来るのは
才能かもしれない…
そして
こんな風に自分を見せることを
損とも思わず躊躇せず表現する彼女には
感服する。
しかし
ふと
そのメールを眺めていて
あれ?と
思った。
これは
私の打った文章に似ているなあと。
嫌味っぽい表現が、ではない。
「気が済む」ベースで
表現している部分だ。
相手のためにとかでなく
「お前がダメなこと、理解しろよ。ほら、気付け」
というようなことだ。
彼女は内容を
遠まわしに、時としてわざと丁寧な表現で嫌味臭さ倍増で
表現しているが
その部分を置いてしても
意図する部分は一緒だ。
「お前、自分でイケてると思ってるかもしれないけど、全然イケてないよ。盲目的だね。
ダメなこと、理解しろよ。ほら、気付け」
それ。
意図はそれで。
彼女は、自分サイドに都合の悪いことがあった場合に
「それ」が攻撃として発動するのである。
しかし
その彼女のメールは
私に打ってるのではない。
鏡を見て
彼女が自分自身に向かって打っているメールなのだ。
すごい。
それが
感覚的に今日落ちて
ダメージゼロ。
どうでもよくなった。
その場ではむかついたが
仕事が終わったら
スッキリと気にならなくなった。
思い返してももやっとしない。
どういうことかって
彼女が自分という鏡に向かって
いつも戦っていることに
気付いたからだ。
そして
私の中の嫌味臭い部分が彼女にみえただけなんだなーと
思った。
相手を逃げ場なしにして
理路整然と相手を追い込むことは
私にとっては簡単な得意分野である。
それを
することはしないが
いつでもやってやると
牙を剥いていたのは確かである。
その思いを持ってるということは
同じなのだ。
嫌味臭い
あの低次元女と。
で、そこと
ぷつっと今日何かが切れたのだ。
ああ、よかった。
さよなら。私の中の私。
一緒だけど
別々の私。
よかった。