女性は特にだけど
女性同士で
話しているときに
自分と同じような体験をしたとか
そんなことを
共有し
「それわかる~」と
共感しあうと
かなりストレスケアになると
感じる。
割と
私は共有できるほどの悩みを持たないのだが
(あまりにコアすぎる悩みで安易に口にもできないか、または口にするほどの悩みにならないかの両極)
最近あったモラハラについて
友達に話したら
とても気持ちが楽になった。
ちょうど、彼女もモラハラではないが
やりきれないような
似たような体験をしていて
という状況もあり。
わかる~と。
で、面白いなあと思った。
女性同士で
似たようなトピックでお互いを
思って共感しあうのだけど
相手を思って
共感するのは自然の行為であるが(特に女性では)
その相手を思う行為で自分が癒されているのを感じるのだ。
面白いな~と思う。
相手が辛かろうと
「ひどいよね、ありえない!」と一緒にその対象を責めているとき
なんだか自分の中もすっきりしてくる。
自分だけで考えたときに
責められないものが
人のためなら責めることがストレートにできるからなのかもしれない。
やりきれない出来事があり、それが自分の絡んだことだと
「相手が悪いのは確かだが、私にも非があった」というのがどうしてもあって
「あいつが悪い!」と思う気持ちの中にどうしても
自分を守りたくて自分を責めたくなくて生じている部分があるのを
感じてしまって
ストレートに相手を責めきれず気持ち悪い。
もしかしたらそれはある意味でバランスが取れていて”正しい”のかもしれないが
健康ではない。
そこで
友達と話すことで
友達は共感で話すので『相手が悪いよ』と自分に味方してくれる。
自分もすっきり
相手もすっきり
良いことばかりではないか。
気持ちの肯定は
とても良い。
うちの旦那も
モラハラ女の時は
めちゃくちゃその女を責めてくれたので
スッキリした。
そう。自分では
なかなか100%責められないから
誰かに100%責めてもらうと
スッキリするのだ。
友達にはそれが自然とできる。
特に女性同士。
男ってね
求めてない状況が起こった原因とかの「解説」したりするからね。うざいんだよね。
分かってることを言葉にしてみたりして
自分の分析力に酔うからね。(男全員ではない、特にうちの旦那はこれにあたらない)
女はそんなの状況が起こった原因だとか
自分の非も「知ってる」し「わかっている」そのうえで愚痴にしているのだ。
そういう意味で女性は、男の想像の上をいってる部分もあるのだ。
ほとんどの女性はかしこい。
たまに本当になんも考えてない被害者思考で、感覚のみとらえて
何にも分かってない女性もいるが
決して解説は求めていないというのは、多くの女性の共通点かもしれない。
そんなことで
女性が集まって話をすることで
楽しかったりスッキリすることもある。
愚痴ばかりの大会は正直いきたくもないし
大変だから話には割合ってもんがあるけど
女性同士の話はとても好きである。
男性と話す方が反射で頭を回転させて
話せるから気楽でおもしろくもあるが。
息子と話すのが一番面白いと言えば面白いが。大人臭くて的確な言葉を使い始めて笑える。
しかも共感してくれるので癒される。
誰でも私と話してくれる人は
ありがたいのだ。