自分遊び | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

自分の葛藤が自分の制限になるし


自分のなかの
劣等感や不足感が
自分の苦しみそのものになる。



それ以上でも
それ以下でもない。


ありありと
リアルに

それを感じる。


みんな
自分遊び状態で。

自分だけのフィールドで
一人で遊んでる。

わかってる人は
意識的だけど

自分だけの遊びとは気づいてない人もいる。

自分遊びをする人間が
たくさん集まり

学校、会社、いろんなコミュニティがある。

会社を良くしようと思ったら
やはり

一人一人の
自分遊びを変える必要がある。

外から変える、より
それぞれの
内から変える、である。


それをやりたい。


しかし、問題児である
うちのバイトちゃん。

彼女、肯定しすぎると
調子にのり
自分の課題から目をそらしやすくなる。

客観的に問題はたくさんあるが
自分で、理解できない。
できてると思ってしまう。

ここが難しいなあ。
スピリット、マインドは肯定して
テクニカルな部分のみ
注意する。

そんな感じでやってるけどね。
本質的には客観的に自分を見る目を
育ててあげたいと思うのだけどね。

ビデオ撮影でもして。

あと、感度が鈍目なのかな。


たとえば回転寿しの味はみんな同じに感じる人もいるけど、
詳細にランクづけできる人もいる。
それは、興味があるのもそうだけど、味覚が発達しているせい。


この感覚。
これなしで客観的に自分を見ても
無意味である。

感覚が
まひしてるのかなあ。

良いものを見たことがないのかも。

まずい同じ回転寿しにしかや
行ったことがなければ
基準がもてない。こんなもんだと思う。
なにたべても。

でも、回らない寿司屋に
しばしば通い
舌を肥やしていけば
回転寿しのランクづけも
自然とできるようになる。

私は前の前の会社で
良いサービスを体験せよと
リッツカールトンに会社費用で宿泊したことがある。


よい品質のサービスを知らないと
その感覚は育たない。


そのバイトちゃんは
自分のなかの感覚図書館に
本が少ないのかもしれない。

たくさんの参考図書をもっといれてあげるとよいのかな。

私には
何が手伝えるかな。