教師、指導者、上司 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

誤解されて
認めてもらえ無かった体験て
結構やまほどあるかも。

思考でなく感覚で
善し悪しなしに
みてみると

繰り返しだなあ、と。
特に小学生のときに
教師からの体験が強くその思い出になっている。

保育園じゃないなあ。
家庭では、そこまでない。

うん。
小学2、3年生の
思い出に強い衝撃があるなあ。
あと6年生ね。

パパパっと、走馬灯みたいにでてきた場面で見てるんだけど。

私がよく教師を責めてんのも
それなんだろうなあ。
でもね、指導者や教育者は
責任があるんだよね。
私はたまたま
良い教師に恵まれ無かった、という人生を選んだのだ。

上司、は
良い人が何名かいた。
親身になって、本当に私のことを思ってくれる上司がいた。真面目な性格だったからか、体を悪くしてすぐに休職してしまったが今でも忘れない。

私のことをきちんと思ってくれた数少ない人だから。

あ、思い出した。
ひどい上司のこと。笑

わたしがリーダーになってすぐ
無茶苦茶フクザツな商品のトレーニングを担当させられたこと。
私のために、リーダーの先輩が助けてくれた。
夜遅く、2時間近く電話に付き合って
一言一句、しゃべる言葉にアドバイスをくれた。

あんなことさせられたけど
でも、おかげで成長はできた。
大人になれば悪い上司の対処は
周りの方の助けを得て可能ではあった。

だけど
無抵抗な子供時代。
弱いのにねえ。
ひどい教師もいるもんだよね。

私のように感じやすい子供にも
ちゃんと教師は誠意をもって
向き合って欲しかったなあ。

でもこの体験は
わたしが望んだのだ。


私の人生ゲームの定義のために。

ハートで生きるための
人生定義だ。

テクニカルに偏る生き方は
私に向いてない。