親に感謝 | ひとやすみの日記

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親孝行したいです、と
さっきテレビで中三の男の子が
ハートから素直に言っていた。

ううむ。
どんな育ち方をしたら
そんな風に
言えるのだろう。

狭い汚い家に
兄弟ぎゅうぎゅう詰めで
貧乏育ちなのに。


私は不思議に感じた。
確かに
子供たちは
幸せそうだった。
親も
苦労が隠せないほど
にじんでたけど
幸せそうだった。

多分
子供たちは
親の苦労を
見てたんだろうなあ。

私の親は
苦労をあらわにするタイプではなかったが
その分
私は腹がたった。

事情がよくわからんのだから
人と同じものを買ってもらえないことが
私は不満だった。

いっそのこと
苦労を苦悩として隠さず
見せられたら
私も
親孝行しようと
思ったかもしれない。

彼らはいつも、
子供に対しては
我慢しろ!と
頭ごなし。

だから感謝は生まれなかった。

きっと、
親に冷静に説明を受けていたら
親のこと
考えた。


しかし、私だって
親が貧乏であると知ってたから
金のかからない短大を選んで受けたのであり、
決して配慮が無かったわけでもなく
ちゃんと
ワガママいわず
がまんして思春期まで過ごした。
その後は自分でバイトしたからね。


でもね
私も
テレビの中の彼らも
同じ貧乏なのに
感謝の気持ちがこうも違うかとね
思うよね。


未だにあんまり感謝できないんだもん。
私の親が
私という子供の願望を一回もしっかりと
受け止めてないからかもねえ。

うん。
あんたの欲しいもの(なりたいもの)は
わかった。
わかったけれども、
親の私たちには、いまそれを
叶える経済力がない。
悪いけど、我慢してほしい、と。

そんな風に
受け止めてくれた上で
がまんしろ、と
言ってくれていたら、
きっと
大人になれたかもねえ。

彼らはどうしたかというと
初めから
私の願望を聞かない、という
手段に出たのだ。

または
クローズクエスチョンで
囲い込んだのだ。

これかこれ、
どっちにする?とかね。

あなたの欲しいものは何?
あなたのなりたいものは何?
なんて
オープンクエスチョンでは無かった。

いつも、いつも。

だから
欲しいものなど、
意識して願望を感じるという
習慣が私にはない。


親のせいというかね、
親の影響は
あるよね。


で、欲しいものも
願望も言えず
受け止めてもらえ無かったわたしは
親に感謝するらきっかけが
無かったのだ。

受け止めたうえで
断って欲しかった。

受け止めることを
やめないでほしかったなあ、と思う。

貧乏でも
それは別問題だぜ。

もし
受け止めて
冷静に
事情を話してくれていたなら
目を見て
きちんと
私の願望を叶えたい気持ちを
その時に
私に伝えてくれたなら

私は自然と感謝してたかもね。

仕方ない。

今も
感謝してるっちゃ、してるけどさ。

彼らが親としての仕事をサボって
きちんと
子供の気持ちに向き合わなかったこと
やっぱり自分の親だから
オイオイ、と思うね。
他人なら全然いいけど。

自然と
感謝できるときを待ちますわ。
こればかりは仕方ない。