とてもよかった。
感情を得るために
彩り豊かな
感覚を得るために
体験するために
この地球に来た。
この地球へのあこがれ
それが
姫の罪。
でも記憶を失っても
最後に姫は
地球を振り返り
涙する。
その理由は
感情
感覚は
身体感覚の意識だけでなく
魂の意識にも
響くものだから。
私は
ここに人間として生まれた理由は
感情、感覚を得るためという
持論があるのだけど
まさにそれだった。
かぐや姫は
喜び
楽しみ
悲しみ
怒り
そして愛を経験し
月に帰る。
でも地球のその
感情溢れた世界。
それが愛しいのだ。
お迎えに来た
神が地球の記憶を忘れてしまう羽衣を
肩にかけようとしつつ
姫に言う。
「この羽衣をまとい
月に戻れば・・・
心のざわめくこともなく
この地の穢れも拭い去れましょう」と。
しかし、かぐや姫はそこで
彼らに
人間として生きる喜びを言うのだ。
「穢れてなんかいないわ!喜びも、悲しみも
この地に生きるものはみんな彩に満ちて。
鳥虫、獣、草木、花、人の情けを…!」
そこで羽衣がかけられてしまう。
でも彼女はほかの場面でも言っていた。
生きているという実感を得たかったと。
生きているという実感=感情の動き
である。
人間全員、
実は
無意識にそれを選択していることを
忘れてしまっている。
かぐや姫は
それを思い出せる映画かもしれないね。
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生きている実感を得たいことに
何の罪があるのだろうか。
罪は
本当はないのかも。
あるとすれば
自分に正直に生きないことが
罪かもしれない。