人間は魂が
個としての体験ができる
貴重な容れ物。
肉体的には個ではあるが、
実は中身は多次元的な存在なので
それを理解しないと
混乱するわけだ。
中身、と表現してるけど
実際人間の肉体より魂的な存在はデカい。
到底入りきらない。笑
人間である限りは
多次元を
感じながら
その一つや二つを
同時に瞬間的に選び取ることができて
しかも、その瞬間が積み重なると
まるでそれがあたかも自分の個性だと
かんじてしまう。錯覚。
それを利用するのは楽しい。
コントロールできるなら、多分意識的に楽しめる。
無意識には全員、楽しんでいるが。
意識的に楽しむのはも少し上の階層。
瞬間的に選び取る
多次元の中の一つ、もしくは二つ、三つの
自分。
それは、
自分が
紛れもなく選んでいる。
面白い。
例えばの話、
ハリウッドスターでも、
隣の家のおじさんでも
皆自分なのだ。
自分の知覚できる人は
自分なのだ。
すべては自分。
その中で
私は人間として
私を選んでるけど
別に魂的には
私は「いない」ようなもの。
すべては一つに溶けこんでいるんだから。
全ては一つ。
で、monaという人間は
ただの
網状にひろがる毛細血管の内の一本の、つなぎめ。つまり、一つのパーツみたいなもの。
私は
私の役割を果たす。その、血管のつなぎ目みたいに。
それは、大いなる感情の体験。
私の持ち前の肉体感覚の、個性にあった、ハーモニクスを呼び込むアクションを取り続けること。
勝手に自動運転なんだけどね。
「私」はいない。
魂的には「いない」
それは、
間違いない。
なんでこんな小さな硬い世界にきたのかと思うなあ。
発展してない人形の家の模型みたい。
だからか。面白いのか。