人の感情なんて
結構
いい加減で
過去に抱いた
感情の再体験を求めることが
いかに多いかということを思う。
ギャンブルもそうだけど
みんな同じだ。
自分の過去に抱いた感情にこだわり
それを追い求める。
それが人間の生き方であり
全く新しく未知で
何を自分が感じるかわからないところに
飛び込む人間は少ないということ。
自分が何を感じるか予測できるところにしか
大体は行かない。
「過去の感情ジャンキー」になり追い求めるひとより
感覚に従って
何となく行動しているひとって
きっとのびのびと広く自由だ。
でも人間は誰でも
きっと100%この過去の感情を追って生きる性質があるわけで
それがまっとうで。
脳の伝達関係が健康であれば
こう生きるのではないかと思う。
記憶で生きるのだ。
しかもその自覚がない。
これがポイントじゃないかと思う。
記憶で生きているなと
意識すれば
ゲームコントローラーが手に入る。
強く印象に残った体験、それに伴う感情のパターン。
これは
誰でも無意識に追い求め、繰り返す。
でもね、
非常につらい目にあった人ほど
周りにやさしいのはね
この感情の再体験のおかげなのだと思う。
そして共感、ね。
人間の大事な部分。
相手の立場を想像できるようになる。
記憶により、過去の自分の感情を再体験し
相手にやさしくなれるのだ。
これってとても
素敵な循環な気がするなあ。
でもね、自分をひたすら癒すために
他人を癒している気になっている人もいる。
自己満足のみで生きている。
そういう人は、愛情不足できっと心が泣いている。
自分に対する自分の愛情不足。そして自分が自分を受け入れてないことによる
苦しみを抱えている。
私は彼らに共感しない。
私もそうだったけど。
でも、やっぱ、自分で気付かないといかん。
100%こっち、100%まじりっけなしでこう、とかない。
何事も複合で、いろんな要素があり成り立つ。
だから私も100%自分のことばかり考えていたのではない。他人をしっかり思いやっていた。
けど
自分を受け入れてないから、いつもひずみがあるし
他人を自分と一緒に考えるから「なんでこの人こうなだろう?」とか感じて辛いし
そんなことを繰り返すと人間と居るのもめんどくさくなる。
共感は大事なこと。
でも
その人をありのままでとらえて
それぞれの持つ感覚を尊重するのは、もっと大事なこと。
そんなこと感じる。