人のバランス | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

周りの人と自分のバランスを見る人がいる。

つまり調和を図る人だ。

一緒に働いている子が「自分はそうだ」と言っていた。


乗り気じゃない飲み会に誘われて
誘った人がノリノリで
でも例えば私が露骨に嫌な顔して乗り気じゃないとか
その他の人もう~ん、ってなると
誘った人がかわいそうになり
どんな嫌な奴でも「私は大丈夫です」と笑顔で答えてしまうそうだ。


それが、本心でなくても。



ということで。


彼女は人と人とのバランスを見て調和を図っているそうだ。


私もその気持ちはわかるし
マイペースだがその空気は読める。


だけど、本心じゃなく、自分も実は行きたくないのに
そういってしまう自分が
時として仕方ないと思いつつも、嫌なのだそうだ。


じゃあ、言わなきゃいいのにって思うけど
彼女は中途半端な共感体質なので
これが厄介らしい。


よく分かるわ。


でも、実は
バランスって
個体単位でも成り立っているので

その人一人でバランスが完結してるという。


その事実に気付けば
無駄な気遣いは不要になるのだ。

「無駄な気遣い」って失礼だな。


「自分の気持ちを殺してまでの気遣い」、か。



人間は一人一人が
立体的なバランスを持っていて
それぞれに自分で問題を解決し
かわいそうに見えるような状態を持っていたとしても
実はその人が望んだ状態であるのだ。
でもって本人が望まないならそれは
勝手に本人がバランス調整するのだ。

だから
いいの。



でも例えば上の話で
「行ってもいいな、その飲み会」って思ってたら
全然良い話だと思うんだよね。

だって自分のエネルギーバランスがゆがまないから。


飲み会誘った嫌いな人のために自分の気持ちを殺すなんて
やっぱ
日常的にはお勧めできない。


だけど
それも彼女のバランスだから
私も彼女を邪魔しない。

何も言わない。変えようともしない。
「そうなんだ~」と話を聞く。受け入れる。否定しない。
それだけだ。


私は沢山の人の意見が聞きたくもあるが
否定もされたくもない。…そもそも。おそらく否定する人間は自分に何事も重ねる傾向があり、自分で手いっぱいな状態なので、そういう話が出来ない。


否定されて、否定して、の
ディスカッションしたいタイプの人もいるので一概に言えないが
私はそういうタイプじゃない。人間関係のトラブルを抱えやすいのはこのタイプかしら。でも本人が好んでるのが傍からはよく分かる。


だいたい
人のバランスは個体単位でも既に完ぺきに保たれているということ、
そして自分自身と周りの人間とを比べながら生きているからこそ
周囲とバランスをとろうとするのだということに
私も最近気づいたのだから。

自分の価値を人と比べたところで図ることをやめると
これは、おそらくなくなると思うんだ。