I'm nobody | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

昔、そうだなあ10年前くらいかな。
まだ化粧品の仕事をしていたとき。

仕事で出張があった。
普段から付き合いのない県で
全く知らない店への派遣。

二日間の応援出張だった。
そこでは一人入店。

もちろん周りの人も知らないし、
土地勘もないし店の場所もわからない。

まだグーグルマップもメジャーじゃないときよ。
スマホ持って歩くなんて時代じゃなかった。


そのときのこと
とつぜんに思い出した。

新幹線と電車を乗り継ぎ、苦労して店にたどり着き
店に入ればそれなりにいろんな人が話してくれるのかなと思ったけど
とんだ間違いで…。ふつう店の人はいろいろとお世話してくれたりするはずが
全然…。
誰も私にかまってくれないし
私が話しかけても必要以上は何も教えてくれない。

こんなに遠い県から応援に来てるのに、しょせん他メーカーなんて冷たいなと
そう思った。
私が逆の立場なら本当に気持ちを楽にしてあげて、「何でも聞いてくださいね」と
助ける気持ちいっぱいなのになあと思いつつ
土地柄かなとまあ、割り切って仕事をした。

ところが…
固定客は私を見てきっと来店を辞めるのだろう。
大抵、化粧品をしっかりと買っている人はいつもの担当の人から買う。
なぜなら「私はあなたの店から買っている」ということを印象付けたい人が多いからだ。
恩を売るわけじゃないが、ギブアンドテイクのバランスを保つため、相手に自分がここにきて買ったという証をマーキングしたくなっていて
他人が接客したのではそのマーキング効果が半減することが無意識でもわかってて
避けてしまうのだろうなあ。

てなことで
大抵は来ない。
フリー客しか来なくて…。
本当に売り上げも情けなかった。
なんかなあ。
誰も私を知らないし、誰も気にかけてもくれない。
初めて会ったお客さんと一番心が近くなる。


私はまるでいないみたいだった。

一日目に店から帰るときも
二日目に店に来る時も
いるときも、最後に帰るときも

まるで私はいないみたいだった。


他人に「mona」という人間として認識されないってこんなにも
孤独なのかなあって思った。

孤独。


私は普段
一人になりたい、ってよく思ってるけど。

こんな風になりたいわけではない。


ちなみに、私はどこの組織、集まりに行っても
順応性があるので孤独になることはない。
というのは、きっと仲良くなる相手とお互いの条件、状況、立ち位置が同じだったりしたり
相手が私の立場を見て気持ちをくみ、気にかけてくれたからかもしれない。
おかげで私は簡単にその場所において「私」というパーソナリティを手に入れた。


ただ、あの出張の時の感覚は
いつもの地元にいるときの感覚と全く違った。


私は誰でもなかった。
そこにいたのかいないのかわからなかった。



人ってもしかしたら
誰かに認識されて初めて「自分」になれるのかな。


思い出して
そう感じる。


あの場にいた私も
まぎれもなく私自身だった。

だけど
ほんとに存在したのか?

もしも
その場で仲良くなる人ができてたくさんの楽しい会話をしたら
きっと私はその場にいたと断言できる。


その証拠に
私はある国際空港で7日間、泊まり込みで仕事したことがある。
その時は別のエリアからきたある女の子と仲良くなり
毎日仕事も食事も一緒にして本当に楽しく過ごした。

あの時は、私はそこにいた。仕事は慣れないことばかりだったけど
彼女と一緒に、働いた私はそこにいたのだ。


誰にも
「個」として認識されないって
かなりつらいことなのかもしれない。


私、なんで忘れてたんだろう。
こんなにも今「mona」として
職場にも家族にも友達にもみんなに存在感を持って
名前を呼ばれて、認識されて、必要とされて
それって、本当に奇跡的にありがたいのでは???と。

そう思った。


私は一人の時間が欲しい。

でもその願望は
I'm somebody,だからこその願い。


nobodyは
一人になりたいなんて思うもんか。


贅沢な
この思いに気付くとき。
息子と眠るベッドの温度がまた1度上がる。