感覚ジャンキー | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

暇だと

どうしても「感覚」より「思考」に寄り易い。


すると思考により
自分が本当にしたくもないことを始めてしまったり

空回りしたり
どうも不本意なことが起きたりする。



暇ってあまり良くない。
人によってはいいけど。

私には良くない。

だからきっと私は
退屈を求めない。


心地よい退屈ってあるんだけどねえ。きっとねえ。


自分で物事おこすのがめんどくさいし
苦手なのかもねえ。

仕事なら勝手に物事は起きてるように見えるし
その方が受け入れやすいわ。

だからこそ仕事したいのかもしれない。


自分から物事おこすのが好きな人は
そんな必要もなく仕事も必要なく
まあ
家の中とか
近所の中とか
限定的な世界の中でも
刺激を得られて
様々な感覚を得るのかもしれない。


感覚ジャンキーとでもいうのかねえ。

いろんな体験をして
いろんな感動
刺激を受けたい!!と思ってない人は
うちの母みたいに
限定的世界の中で同じような繰り返しをし、
同じ生活を続けていい。


それもその人の安定と幸せにつながることであるのは間違いない。

私は感覚ジャンキーのところあるからなあ。
やっぱ仕事というかたちで
何かに触発されていたい。
あともちろん「母」という形では
一番いい形で感覚が刺激されるわ。

今日の朝も息子、面白かったなあ。
感覚が湧いて刺激されるとき
もっとも
充実感を感じる。