チューニング | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

昨日

息子と公園で遊んでた時


ふっと気づいたら

私は息子の感覚そのもので

その場にいたことに気づいた。



砂場で虫を見つけて

それを追いかける息子の楽しそうな姿。


それを見て

私は私の子供時代にもどる。

私も虫を追いかけるのが大好きな子供だった。

特にバッタはアドレナリン全開。


そして私はそのときの感覚を重ねるのだ。



ああ、楽しそう。

楽しいんだな。


そう思ってみていると私も充実する。


しかし我に返り

自分が今何を感じているかを

意識すると

「あ、腰が痛い」

「風が気持ちいい」


とかですね、そういうこと。


こんなのなら

息子の感覚にチューニングを合わせていた方が楽しい。


だけど

いざ

遊びをやめる段階になると

「帰りたくない」と始まる。


そのとき。

まだチューニングを合わせていた場合

まずい。



無意識にチューニングってのは

弊害がある。


なので

こればかりは

意識してってこと

忘れないようにしないとな。


私は本当に他人の感情にチューニングして楽しむタイプで

料理作っても

美味しいという旦那の声で

やる気を出すし


自己満足より他人満足っていうか


それって

余り健康的じゃないけどどうなのかしら~



無意識じゃなきゃいいのか?

性質だからね。しょうがないよね。


むむむ。