ぱっとしない日々を送ってる私。
保育園もずっと休ませつつ
私は不思議な内容の仕事をしてる。
変に忙しい…。
まだまだお金への不安はあるし
どうしようもない。
いつまで続くのかな。
そう思う。
いつか晴れる日が来ると思う。。。でもそろそろかと、そう思ってる。
そんな気持ちで
今日はお祭りで神社に行ったのでついでにおみくじを引いてみた。
ボロン
小吉。
あら??
またもや。
内容を見ますと
ああああ同じだね。
「雪雲の峰をおおいて荒ぶとも 晴れて輝く日の或るのを知れ」
だって。
「時が来れば空を閉ざしていた雪雲も去り
白妙のおやまが照り輝くような運勢が訪れますが
行いを清く明るく素直にして
信心を失わねば幸運の時が来ます
借金不倫は慎みましょう」
だって。
何でも一緒に出るもんだね。
まだってことだね。
でも思った。おみくじって事象じゃなくて
心の方を見るんだねえ。
私なんて傍から見たら仕事持ってるし
家族みんな健康だし(息子はちょっと病気だけど)
仲いいし
家がみんなあるし
幸せそのものって感覚で見る人もいるわけじゃん。
でも
「雪雲に覆われてる」状態なわけだ。
というのは私の心そのものだよね。
おみくじは事象を伝えるものに見えるのにね。
なんだろう?
中途半端だね。
はっきり分けて考えることはできない、というのは
私は違うと思う。
こればかりは分けて考えることだと思うなあ。
事象と感情で複合した状態を
なんとなく感じている。
それでいいわけじゃないと思うなあ。
事象にこだわる割合と
感情に占められる割合と
かなり変動してるから、ね。
ちゃんと自覚した方がいいと思うんだよね。
だからその点で
おみくじってなんだろうなね。
うん。
あ、でもおみくじの裏の
神の教えというところに
まあ痛いことが書いてあった。
拭いて除けましょう
心の誇り。それがさび付きや身の破滅
私を誰よりも偉い、賢い、私一人が正しいのだと誇る気持ちになったとき
他人を見下す、蔑む。やがて人から毛嫌いされてつまはじきにされ世の中が狭くなる。
身が破滅する。祓いたまえ、清めたまえ。専念この神語を唱えて祓いましょう。
心の驕りを、身の埃を。
だんなと話していると
私はどうやらこうなるらしい。
旦那を見下す。
あるですね。これは。
自分を見下しているのと一緒なんだけどね。
この気持ち、確かに必要ないなら手放したいんだよな。
私が正しい。
こう思って主張する理由は自分が否定された気持ちになるからだ。
否定されたと
思うのは
なぜ