ちょっと
変だなと思ったので書く。
手相は事象を見る。
結婚だの不倫だの離婚だの。
病気だの、子供だの、昇進だ~転職だ、と。
手相には
事象が刻まれている。
と
同時に
漠然とした人気とかそんなのも刻まれている。
でも事象が手に刻まれるって変じゃない?
まあ手のひらのしわも
目に見える「もの」だからそんなものなのかな。
事象が手に刻まれる。
手相に火事に合う相があったとして、
占い師に 火事に合うよ、と言われて
嬉しい人はいないよね。
やっぱ火事に遭う=いやだ、不安だとなるんじゃないか?
じゃあそれは「いやだ・不安だ・気をつけよう線」となる。
でもたとえば結婚したい人が
「今の彼と結婚しますよ」と言われれば
「うれしい線」となるし
結婚したくなければ
「残念線」になる。
感情はいつも裏にある。
手相はただの年表のようなものか?
ああ、これが
事象と感情を合わせたマップなのかな。
仕事でも使うなあ。
どんなステップでどんな感情が生まれるかっての。
むむ、
待てよ。
てことは、事象はやっぱ決まってて変わらないのかなあ。
でも手相は変わるでしょう?
手相が変わるってのはまさに手相自体が事象なわけで
変わるということを意味している。
そうか、現実は変わるのか?
でも手相が変わることも
全て予定のうちであり、手相が変わるのはもう決まっていたことなのかもしれない。
視点がミニマムだったりマキシマムだったり
私は混乱してるね。
どうもまだ不合理性を感じる。
全てを私は腑に落としたい。