いつでも別れることができる | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

何かをしなければならないと感じた時


「でもそうでなくてもいい」と


そういう風に想定することで

大概のことは

回避できるなと

そう思った。



たとえば

子供が具合悪くなるたびにイライラする旦那。


あまりにも低レベルだ。


でもそれでもこの結婚生活を続けなきゃいけないとか

いつまでも一緒に暮らさなきゃいけないとか

そんな風に思ってたから

暗い気持ちになるのであり。


「別れることもできる」


こう思うことで

かなり楽になる。


別に極論を出しているヒステリー妻ではない。


ただ、

そういう風に自分を解放したうえで

それでも一緒にいると

「自分で選択している」という

主体性が生まれる。



だから、べきとかねばならぬの上に自分の人生を

成り立たせなくていいのだ。



嫌だったら別れる。

そういうことだ。


結婚ってこういうことで

結構お互いの首をしめるのかね?



でも、実際そういう考え方ができないから

不満をためるだけためて

自分を抑圧するだけ抑圧して、

離婚に至るってこともあると思う。




別れることができるという

そういう選択があるし

そこを自分に許せば

意外と

長続きするのかもねえ。


なんでもそうかもしれない。


私は、いつでも自由な選択ができる。

だけど

その上で、

今ここにいて

これをしている。



これが大事なことなんだな。