制限があるからこそ楽しめる | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

私は制限があるからこそ


パチンコをしてた。


よくわかる。


制限のある世界の『象徴的なもの』だ。

パチンコなんて。



あたりとはずれがあるのが前提で

確率で抽選がある。


当たる時盛り上がり

外れるときがっかりする。



これは

外れるときがあるから

当たる時がうれしいのであり、盛り上がるわけで。



お金をかけていれば

外れると

お金を失うわけで

当たると

お金を得るわけで


これがですね。


まさに

制限された世界の象徴であり、

制限されてるからこそ楽しめたゲームだったんだ。



制限されてなきゃ

しないって。


私がパチンコが好きだったのは

制限された世界を好んだからだ。


なかなかうまくいかなくて

でもあとでドカンとうまくいく。


そんな世界が大好きだったんだ。


だから

ずっとやってた。


今はもう離れたけど

それも、また自然な流れだね。


嫌いじゃない。

今も、あのゲームの構成とか

演出、画像、音響とか

あれ、作る人は人の感情をよく研究していると思うので

それに感心するし、それを観察してみてるのが好きだからね。



でも、あれは本当、人間の世界の象徴なんだ。


パチンコを楽しんでる自分も

いいもんだけども


あんまり未練もないわい。


その世界は窮屈だもんな。