私は私の道から行く | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

マネーゲームの本


再び読んでみたら

あらあらあら?



私が感じていたことがたくさん。


これを読んで感じたんじゃない。



先に感じていたことがあり

それが書いてあった感じ。



フィルターがかかってると

読んでも体に入ってこない。


だから

同じ本を違う人が好むと

捉え方が違う。



そんな風に

以前の私と

今の私に差があるということ。



で、

私が「感じるために生きている」というような

感情のために生きてるということが


ズバリに書いてあったり


あと他にも

こんなことかいてあったっけ??みたいな。



そんなことが盛りだくさんで。


ああよかった。


また読もうっと。




幻想、とはいいながら


そのゲームが好きな以上は離れられないんだよね。


私がパチンコ好きだったのは

いかに


ゲームが好きだったかってことなんだよね。



パチンコずっとしてたっていい。

それは罪じゃない。


でも、それじゃーつまらないって

私もちゃんとわかってるから

それ以外で何かを探したい気持ちでいっぱいだった。


やっぱり

広がりがないと面白くないんだもん。


自分のやったことが誰かのためになるような

そんなゲームの方が

断然面白いもん。




あと

昨日ふとネット上で見た言葉。



パチンコよりおもしろいこと


それは「自分の得意なことを客観的に見ること」とあった。


まあナルシズムというか。

自分に価値を感じるという遊びなんだけど。


確かに私も

自分の描いた絵が満足いったり

DTPなんかとか

会社のブログとか


その作成後にうまくいったなと

そう思ってみるときは

何とも言えない快感。


ラジオにでて

それがうまくいったと思うときの

その気持ちとか



そう、つまり

あの気持の方が


パチンコで大箱積むより100000000000倍

気持ちいい。



でもね、フェイスブックにいいねの数が多いとか少ないとか

そんなのでは

気持ち良くならない。多くても。


これが変わったね。


あくまで自分の物差しがしっかりできてきたのかも。



心からの言葉を

綴って

それがたまたま人に共通して横たわってる気持ちに

同調してリンクすると

人はいいねを押す。


そこにナルシズムが入ったり

自分の満足だけだったり

装飾が入ると

すぐに見えるので

自分のそれと重ね合わせて何か抵抗を感じる人が多いのかもね。


なんか

いろんなのを見てそんな風に思った。


だいたい、友達が多い人は

垣根がないよね。


私はフェイスブック友達なんて40人くらいしかいないけど

本当の友達?よく知ってる人なんて

その中に2~3人くらいしかいないよ。


でも、友達になってる人は顔を知ってるしあったこともあるししゃべったこともある。

みんな、素敵な人ばっかり。

友達のメンバーはみんな濁りがない。


昔は

友達が多い人とか

いいねが多い人とか

自分より価値があるんじゃないかと

そんな風に思うことがあって劣等感があったけど


今はまるでない。


そういう生き方なだけだ。


私は私の道。


そう思える日がちゃんときたもんね。

昨年くらいに。



私は私の道から行く。

私にしか歩けない道を行く。


皆と同じように。