ストレス3 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

友人のブログを読んでて気づいたけど



私は

育った家庭の状況

つまり

父親が絶対の環境で育っていたために



それで、自分の作った家庭でも

同じ状況を再現しつつ


それに反発するという


妙な図を作っていたことに気付いた。



旦那に権限移譲していたのは私。



勝手にそうしていた。



彼がそのつもりがなくても。

私がそうして

力を与えていたから、

彼の言うことを聞かなきゃいけないと思ったし

影響力も大きく与えたし

彼の期待に応えなくてはと

勝手に思った。


私が勝手に。



だから、その分

大きくイラついた。



そういう図式が

パキッと見えた。




私の育ったうちは

父親が権力を持。



すべての決定権。


父親がいない時

文句を言ってた母親も父親が帰ってくると

もうそんなこと言わない。


にこやかに「お帰り、おとうさん」


父親の意見を否定することは

一切ない。


あったとしても

「文句」であり、否定にすらならない。



父親が絶対権力の家だった。


私は父親とよく遊んだ。

けど、父親からの否定が一番怖かった。


父親に認められると

すごくうれしかった。

だけど

怒られると

自分の価値を失った。



かなり、分かりやすい関係だった。


母親が父親にたてつくとこ

見たことないし

そういう対等な関係の夫婦を見ると

驚いた。


それが私を守っていた

ルールの世界であり


それに従うことで

私は自分を守っていたのだ。


今まで。


ここでも。



でも、もう必要ないんだ。


あのルールは

あの家のもの。

あの夫婦のもの。


私のものじゃない。


対等にしていても

責めない旦那がいる。


そして

それを彼は望んでいて


言い合って、

喧嘩しても

何も変わらない。


そして喧嘩できる夫婦であることが

大事なのだ。


今の私たち二人は。



どっちかの意見に、どっちかが

丸め込まれる必要なんてないのだ。


私の父はいつも

母を丸め込んだ。


だから私も

そういう風に

意見はどっちかに揃えないといけないんだと

思ってきた。


でもそうじゃないんだ。



本当に。

気付けば簡単なこと。



でも、見たくなかったし

今、友人のブログを見て気づいたってのも


最良のタイミングだったんだろうな。