場面緘黙だからなのか | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

私は

予測できないことが苦手だ


とにかくびっくりしたくないし

その動揺がかなり苦手なのだ



風船の割れる音も嫌いだけど

あの、ワニの牙を押していくゲームとか、嫌い



だから

子供時代、いろんなことが怖かった。



けど経験を積んだ今

あらゆることが想定可能になったから

世界は怖くない


それには努力もあったけど。



私は自分の性質を知っていたから

データを集めた。

たくさんの本を読んで映画も見て

ほかの人の体験をもらって自分も疑似体験した。



そうして経験を集めて、驚かないようにした。

裁判の弁護士が判例をたくさん知っている方が有利なように

私もそうした。


たくさんの人間の感性やら経験を借りて

自分のもののようにしてダウンロードした。



そうして驚かなくなった。

そして怖くなくなった。


それが私の処世術だった。

もしかしたら場面緘黙の子供たちもそうするといいのかも。


全員が全員ではないけどさ。

わたしみたいに、びっくりが苦手な人はさ。



うちの息子もやっぱり先が読めないことが苦手。

先を説明してあげると安心するし

先がわからないと、聞いてくる。

「今日は何をするの?そのあと何をするの?」


面白いものだ。

でも彼はちゃんと保育園で友達と楽しくおしゃべりして活発に遊んでる。わたしと大違い。

でも、人の気持ちを汲むのがうまいというか

人の気持ちをバッとぜーんぶ受け流せずに受けてしまう、優しい(?)息子は

まああのーデリケートでいらっしゃるのよねー

女の子にはもてるけどさ。


不思議だよね

本当に