昨日世界仰天ニュースに取り上げられていた。
私の幼少時代のあれ。
「場面緘黙症」
外国人の子が再現映像で出てて
私は外国人の子を事例に出さないまでも
日本にもいっぱいいますけど~
その辺に~
と思ってみてた
最初「家族は…病気に気付かなった」
とかクレジットが入ってて
病気じゃないですけどーとかも思ったけどまあ
一緒なのよね
他の人からすればね
病気じゃなくて症状でしょ。
私は見事にあの再現映像通りで
ああ、私のことを知ってもらうにはあのテレビを見てる人には
説明が早いわ、と思った。
自分自身が場面緘黙だと
あのテレビを見るまで気付かなかった人もいるらしい。
で、たいていの人が
今も人見知りで、話すのが苦手だとかなんとか。
私も一人が好きだけど
話すのは苦手ではない
そして人が好きだ。
多くの人の代表としても活動してたし
それが普通であった。
そうなった。
そうなる人もいる。
だから
まあひとそれぞれだってことだけど
なぜこのタイミングでこれがこのように
取り上げられたかって
また不思議で。
私はテレビってのをニュースかケーブルテレビ以外のものを
めったに見ない。
そんな私がそのときバラエティを見てることすら不思議で
そんなものだよね。
で、私は私を思い出した。
みんなと同じように見えて
スタート地点は低い。
だから、
他の人と一緒じゃない。誰でもそうだけどさ。誰でもだれとも一緒じゃないけど
たまに周りの類似した人間関係を持ってたり外見や価値観が似ているようなそんな人と比べたりすることがあったり
一緒にくくって考えることもあるけど
でも一緒じゃないんだってこと。
私は私だ。
私のヒストリーがある。
私は場面緘黙がスタートだ。
私は、完全な自閉症ではなかった。
だから今は
こうしていられるのかも。
社交性を持つこともできる。
そしてコミュニケーションにコンプレックスを持つ期間が長すぎたせいで
それを意識して生活してたし
人間を深く観察する能力がついたように思う。
または人間を感覚的に感ずる能力がもともと備わっていたように思う。
目が見えない人が耳とか鼻がいいみたいな感じで。
そんな風になってるので
今の私はほかの人と見た目は一緒でも
土台は強いものがあるはずだ。
と自分で思いたかった昨日だった。