それは
「死」を意識しつつ生きること
対極の理論
いつも私が持ってる理論
死を意識した
末期の病人たちは
一番
イキイキと生きることができる
空気を美味しく感じ
風を感じ
鳥の声もよく聞こえてきて
友人や家族がどんな宝石よりも大事で
かけがえがなく
「ありがたい」存在と知る
そして自分がいかに人に支えられ、愛されているかを
知ることができ
そして自分が何をしたかったのか
何をしたいのか
そんなのが
よくわかり
明日に持つのは
不安でなしに「可能性」とか「ワクワク」とか
そんなのだったりする
死を意識すると
人は一番「生きる」ことができる
物事はなんでも
そんな風
健康なのに
死を意識し続けるって
難しい
だから
普通、そんなふうに生きられない
今を思いっきり生きたい人ほど
ギリギリんとこ味わったりするのかも
私も17歳の時
死は体験しなかったし
健康だったけど
そんな風に一度生まれ変わった記憶がある
周りのものがすべて輝き
ありがたく見え
私なんかと過ごしてくれる友達みんなにありがとうを言いたくなって
とにかく
生きてるだけで楽しいときがあった
かなり人間的に追い詰められた時期だったな
あれも
マヒちゃうのね
あの素晴らしい感覚を持ち続けられたら
幸せだと思う
だけど
余計なゲームする気にならないよきっと
それはそれでいいのか?
死を意識することは
生を意識することと同義であり
貧乏を意識することは
金持ちを意識することと同義であり
欠乏感を意識することは
充足感を意識することとも同義である
と私は思う
その対極の
両方を
すべて同時に持ってるのを
人は
忘れやすい