二元性は | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

さっきちょっと

答えを求めたらすぐにわかったけど


人間性が進化しても

二元性というのは

無くならないものなのだと


たとえば

闇があり光があることは

ただそうあること

絵具に黒と白があるのはただそれだけの意味

デザインでも絵画でも映画でも

お互いを際立たせるために

その色やら光やらを

うまく使う

ただそれだけ


ジャッジだけがなくなる

「意味づけ」がなくなるだけ

そこについての「思い」がなくなるだけ


そういうことだった



たとえば

旦那があほでも

そこにジャッジがなくなるというか


ただそのアホぶりを認めるのみというか

おもしろがるというか

そんな感じ



でも最近なんだか丸くなってるのはなぜ?

本当に不思議だけどけんかになりそうでも

ならない

なぜなら「そうかもなー」とかあっさり認めるから

「ごめんなさい」とかすぐ謝るし

私が丸くなったからか?

「いいすぎか?」と自分で思ってもでもこの反応だもんなー


あいつも何か変わったのかもしれない




で二元性を保ったままの方が楽しいというか

それが人間ライフなのだね


みんなが脳みそ回転してさえてるわけじゃなからこそ

さえてる人が存在するわけで

旦那があほなので私は自分を頭よく感じることもできるし(笑)いいのね


そしてあほなひとがいるから頭いい人もいるということで

どっちにもジャッジなしで


そういうものであり個性なのねー


とも思えた


二元性

人生楽しむには

これを利用しない手はないのかもな