私は誰でも私みたいに
相手のことが、すぐにわかるんだと思った
こういうひとはこういう感じとか
こういう経験があるからこういう言動をとるとか
育ちがきっとこういう感じ、とか
私の今までの経験データによる推測ですっと浮かぶんだと思ってた
もちろんそれもある
意識的にそれは集めてきた
でも
わかる時は
あとからそういうデータ的な理由を付けるけど
すぐにその人がどんな人かは、瞬間的に理屈抜きで 私にはわかるし
だいたい家庭環境も育ちも人間関係もすぐにわかってしまう
きっとたくさんの人がそうなのかも
でも
私は自分が敏感に察する方だということを最近知った
第三の目が開いてるだの
いろいろ言われてきたけど
そんなの関係ない
だいたいにして
わかるんだ
でも子供の時は細かいことはわからんかったけど
淀んだ人だなというのは、すぐにわかった
エネルギーがきれいな人は少なかった
自分をどう見せようとか
責められないように生きてたりとか
そんな人ばっかで
にごった人が多かった
子供時代の私は相手のことに鈍感だと思ってたけど
よく考えたら、そうではなかったようだ
どうやら
相手はどんなエネルギーを持ってるかを敏感に感じているけど
汚れてたり、濁ってるのがわかると
見るのをやめていただけだ
わかるだけに、やめていたのだ
怖いから
自分が真っ白だから
で、そんなこんなで
もう見るのも怖くないけどさ
どんな人か
どういう力を持ってるか
どんな人と相性がいいか
どういうところを解放するともっと楽に生きられるかなんて
すぐにわかってしまう
見るだけで6割
少し話せば9割以上
でも優劣のない世界に住んでからそれがスンナリで来ているように思う
きっとジャッジのある世界にいるうちは
にごりのある目で見ている
相手の自分より劣る面を探したりとか
優れた面を見て劣等感を感じたりとか
そんなことをしているうちは
見えなかったものが
今はそのままの形で見えるので
やはり
これは
段階を踏んだといえるかな
でもそれでどうしたということはないけど
話していると
誰かの力になれる一言を言えることが増えてくる
そしたら少し喜びを感じるな
そんな感じ