今日の朝方
旦那のいびきがうるさくて起きた
そのときに
突然なぜか気付いた
私にとっては大事なこと
私は自分自身が自分の中からすぐにお留守になる
面倒くさがって
奥に引っ込んで好きなことしてる
で、自分自身をまるっきり明け渡してる
つまり
空っぽに近い
で、どうするかって
他人に感覚とかを借りて
体験していることが多い
だから自分自身が本当にそれがしたいのかわからないのにしていることもある
これを
憑依体質と呼ぶのだろうか
なんとでも
1年半前くらいに
ミディアムシップの講習を受けたことがある
そのとき
相手の人のおじさんを呼んだんだけど
私の感覚がおじさんの感覚になっちゃった
相手の女の子をいとおしく思い、抱きしめたいと思ったのだ
これは初対面の女性に私が抱く思いと違う
彼女の親類の思いだ
それが自分の感覚と錯覚したのだ
そのときは意識していたから気付いたけど
でも
こんな風に意識しない日常では
無意識にこれをしてしまうのかも
そんなのわからんし
それも私だし
どうでもいいのだけど
お留守になりやすい私として
大事なことに気付く
自分がどうなりたいかって人にもっと接触したほうがいい、と
自分があこがれたり
こうなりたいわーって人の近くにいると
同じように
相手の感覚をダウンロードして私はなりきることができる
さっきの原理と同じように
そして
本当にそうなる
これは
今までで体験済み
でも最近
自分がこうなりたいってひと
そばにいない
動かないから
私が
変化を今は嫌っている
なぜだろう
パチンコしたり
子供と遊んだり家事したり職安行ったり友達と会ったり
それだけ
それだけでも
こうなりたいって人に会えそうだけど
会えない
なぜなら
私がこうなりたいって人は
自由で
金持ってて
解放されていて
頭がよく
余裕があり
仕事を楽しんで、支配されてない人だから
なかなか
そんなに日常にいないのだ
そういう人を感じればいいから
雑誌でもいいし
本でもいいんだけど
そういうのを感じ続けるのが大事なのだ
当たり前だけど
「変化を望むなら」
その行動が必要なのだ
私は自分を空っぽにして
なぜパチンコ打ったりするのだろ?
そんな時
私は自分の中でも隅っこにいって
こたつみたいなのに入って
好きな本読んでる
何かが起きて
何か感じても
ああ、
後でそれについては考えるから
今はいいよ。そこにメモしておいといて!って感じ
好きなことして
それを見るのは自分の気が向いたとき
いつでもフレキシブルに向き合おうとはしない
誰でもそういう面を持ってるだろうけどさ
私はやや極端かもな