うーん、やっぱ | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

おととい書いたことだけど






やっぱり違うような気がしてきた






何のために生まれたかって


やっぱり




ただ自分で決めてきた人生を


忘れて、予期することもせず


そのまま


新鮮に体験するために


生まれたわけではないような気がする










だってさ


だったら魂だけの話でいいじゃん




魂が


身体を肉体を、感情を


あえて使って体験するわけだ






身体にも感覚は持ち合わせていて


ゲリー・ボーネルが言う形に合わせると「身体感覚意識」というのだけど


まあゲリーは、すでに私の中ではどうでもいいのだけど




その言葉と存在ね




それと魂が同時に存在することって


やっぱり意味がある






身体感覚意識は


ムラがあるのが当然の意識で


ゼロにもなれるし50にも100にもなれるというか




やくざな心を持ちつつ純粋な心を持てるというか




だからこそ


とんでもないことをしでかすというか




えーと




だから


身体感覚意識を魂の振動数に同期させることができる


そして


現実創造を


少し変えていくことは




やっぱり身体感覚にもできるのだと思う








なんかさー




パチンコでありえないほど


想像通りに


展開できる自分を見てそう思う




なんで


この台で15箱以上出そう、とか


今日10万勝とう、とか


リアルにかなうのだろう?




本当にかなうのだ




これはどうしてだ?


やっぱり自分が


作ってるとしか思えない






だからなんかやっぱり人は


ただ


映画の視聴者なんかじゃない




映画に同期して映画すら変えることもできるのかも