たとえば
金持ちになりたくても
なれないとしたら
裕福な生活を送りたいと思っていても
送れないとしたら
または
送れないとしか想像できないとしたら
必ず
自分の中に制限がある
ひとつやふたつじゃないとは思う
生まれながらに
貧乏なうちに生まれると
なおさらに
そういう一般家庭より裕福な生活を送ることに罪悪感があったりするもんだ
清貧…
ではないけどね
私は貧乏じゃないけど
金持ちでもない
でも
ある程度の裕福さが欲しい
なぜかって
物欲がないけど
「空間欲」があるからだ
アイランドキッチンとか防音壁とか彫刻とか絵のある部屋とか
日当たりの良い部屋とか
子供と遊べる空間
とか
余裕ある雰囲気とか空間が欲しいのよ
私は
モノでなくてね
でも昨日
同じ店の違うメーカーのある人(もちろん美容部員)が
1000万以上の年収だと発覚し
「えー!!」と
休憩中みんなで驚愕したときに思った
確かに、もう55歳くらいだし家をもう買ったのは3軒目だっていうし
地下室のある家に住んではいるが…
まさか同業でそこまでもらえるとは…
いや待て…
だからどうなのだ?と
1000万がすごいかどうかというと
小市民の感覚で言えば「すごい」
でも
誰かの感覚だ
なんかちがくね?
全然すごくない
別に…
そのとき我に返った
そういう小さいところから
考えるから物事がおかしくなるのさ
「誰がどう」ではなーい
自分がどう、だけでいいのだね
ああ、小さい小さい
他人がどうこう、に踊らされるうちは
まだまだだねえ