その状況から見出したいものに気づいたり
自分を理解したりすることで
その状況は
私から
あっという間に離れていく
これは不思議なことだけど
気が済んだ!
とでも言うように
相手(問題だと思っていたもの)のほうから離れていく
私の書いたシナリオ、
私の作ったプログラムは
私自身に何かを気づかせようと
うまく事を運んでいる
気づいたとたんに
今までのその感じは崩壊して
居心地良い感じになるものだ
しかし
同時に
幕がかかっていたのが取れて
見えなかったものが見えてくるものもある
そこになぜ不快感を覚えるのか
老人たち
今まで何にも思わなかった
彼らの妥協生活がイヤなのだ
(つまり私のことなんだけどね)
はらが出てるから
こんなファッションしか出来ない
しわが多いからメイクはどうでもいい
年金生活だからこれくらいでいい
動作が遅いし
判断力も行動力も鈍い
トイレも遅い
何かに満足して
生活しているように見えない
妥協して生きていて
最高の幸せなんて
自分ではもうつかめないと思っているような
そんな老人たちを感じるのがいや
実際にそう口に出すしね
もういいのよ
私はおばあちゃんだから
でもね
実際どこまでがどうかなんて
わからないんだ
私が彼女らの中に
自分自身を見ているだけだから
つまり私が老人を不快に思うのは
私自身が
あらゆることに条件をつけてあきらめているからだ
しかし
それを最近まで不快に思わなかったんだから
それを不快に思い始めたということは
私自身
進歩だよ
もう一段、
上ったんだよね
老人のあきらめは
私の中のあきらめ
老人の条件付の妥協は
私の条件付の妥協
私は妥協なんてしたくない!
けど
実際、妥協しているから
または妥協しないとだめだよね、とおもって
呪縛をかけているからこそ
不快なんだよね
ここを抜けたらまた最高だね