流れに任せてただできることをしながら生きる
ときとして
揺さぶられる
そこが大事なんだけど
そこで
何の意味づけもせず
ただ
こういうこともある
こういうときもある
こういう人もいる
と感じ
それだけ
すぐ戻る
ときとして
揺さぶられた、そのときに
「力」をかけて戻ろうとする人もいるだろう
理屈をつけたり
他人の論理を使ったり
親の言葉を思い出したり
自分の経験や思いに重ねて
それらを「作用させて」
戻ろうとする人もいるだろう
それも
戻れるならいいけれど
あまりオススメな手段じゃない
その
思い込みやロジックはいつまでも必要なものではないし
それがあることで
新しくてもっと自分に合っている「素敵なもの」が入ってこないから
でも
そうしなきゃいられないなら
仕方ない
で、その段階をすでにクリアしたら
もうその必要はない
ただ
感じることを自分に許し
ただ
自分にすぐ戻ることを
習慣とする
これって書いている私にしか
意味わかんないよなあ
まーいいんだけどさ
最近は自分の書いたものを読み返すと
とてもおもしろい
自分の書いたものが一番興味深い
そりゃそうだ
だって自分で感じた自分自身のことだもんね