たとえば
今
この店でも
嫌われている人がいるけど
その人は自分が嫌われていることにも
なぜ嫌われるかにも気づいていない
それは
もう50に近い年齢から
誰もそういうことを言ってくれないってことも多いかな
で、私は
その人といると会話に疲れるので
できるだけ同じ時間に休憩をとらないようにして入るけど(休憩が休憩ではなくなる)
ただそれだけ
実害があまりない
他のメーカーの人は
実害があるらしく
気づくと、よくその人の文句ばかり言っている
ふううん?
と思う
確かに
実害があれば
嫌な思いをするわけで
その源は何かと知ろうとするのが人間の自然な行動だ
源を辿ると
彼女のパーソナリティに行き着くのだ
そうすると
「嫌な思い」と「彼女の変わった特性」が
セットになるので
まあ
いじめまで行かないけど
「陰口」という現象が起きるわけですねえ
だいたいにして
彼女の変わったパーソナリティ(かなり防衛的)を
ただそのままに受け入れるということは
実害のある人にとっては
非常に難しいわけなのね、と思った
いじめが起きるとき
この実害が発生する場合が
ある
その人が直接の原因でもない場合も多いかもしれない
でも、やっかみとか
そういうのも含めて
自分を価値の低いものと思ってしまうような
素晴らしいところを持っていたりすることも
「実害」としたらそうだね
あと
妙な言動をする、とか
しゃべらない、とか
そういうの
それは実害がない
だけど
たとえば親に「その子をいじめちゃダメよ」とか
その子を特別扱いしたように指示されたとき
初めてその子を意識するようになる場合もある
そして
何が特別なのかを考えて逆にいじめるときも
あるかもしれない
または
自分の信頼している友達の誰かの価値観を
突然に押し付けられる
そのことが自分の価値と同じと思い込む
自分が理解できないものから
実害を受けたとき
すごくネガティブな意味づけをし
「いじめ」が始まるのかもしれない
そのとたんに相手の悪いところが拡大されて見えてくるものだ
でも
私は思う
自分が自分であれば
いつも相手を先入観なしで受け入れることができる、ということ
自分と相手を重ね合わせて
自分の価値を確かめたり
自分の価値を測ったりする習慣を
みんながやめればいい
私は
過去にいじめにあった自分を癒すのに
そう考えた
そして
この解決法を思い浮かぶことで
私が癒される
まず、自分自身が
そうやって
生きることを
選ぶよ