三兄弟のブタくん
お兄ちゃんはわらの家
二番目のお兄ちゃんは木の家
末っ子ちゃんはレンガの家
この話を毎日息子に読んでるんだけど
うーん
最近までの私だったら
木の家を作ってしまいそうだな、と思った
他人がどう思っているのか
どうしてほしいと思っているのか
どうしたらいいと思っているのか
それが
自分の行動に中途半端に影響する
たとえば
本当はレンガの家が作りたいと思っていても
誰かが「そんな家、時間がかかるし、やめたら?」と言っているような気がする
そして
わらの家の兄を見て
「いや、あれはやばいっしょ?
でもあれよりはましに作りたいな…」と
本当はレンガの家にしたいのに
誰かの意見とか
相対的に判断をしはじめて
「誰かが非難しないように。でも誰かよりも優れたもので、批判の少ないものを」と
間をとるように
木の家を作り始めそうだってこと
木の家は
私が本当に作りたいものではない
でもそうして生きる
すべてにおいて
絵をかくときも、友達を選ぶときも、彼氏を選ぶときも?
学校や、仕事を選ぶときも
そうやって
ピュアな自分自身だけで
選んだり作ったりしたものが
とても少ない気がする
木の家を作ってばかり
わらの家を選ぶ勇気すらない
わらの家を選ぶなんて
馬鹿だと思われる、と
それすらできない
うちの旦那は
その点
わらの家も
レンガの家も作るだろうなあと
想像できる
でも
「家」なら
彼は間違いなく
レンガの家を作るだろうな
誰に遅いといわれようと
意地になって無視して
きっと彼は誰より早く作りそうだ
彼は私よりも
「自分が欲しいもの、求めているもの」が
すごく明確だもんね
まあメガネが曇ってる場所も多いけどさ
そんなわけで
私ももう
木の家は作らないのだ