自分の価値とは
自分でマネージメントして
自分自身で実感しなくては意味が無い
誰かが
「monaさんはすごいですよ」とか言っても
全然意味が無い
誰かが「魅力的で素敵だ」と言ってくれても
意味が無い
そこに寄りかかって自分の価値を確認し続けるようじゃ
会員様の○○さまと一緒だ
褒め言葉の強要がすさまじいのよ
でも、もしも
父親が
「おまえは良く頑張っている
辞めたかったらいつでも、辞めていいんだぞ」とか
そういわれたら
号泣するかも
父親に自分の価値を預けすぎたのかもしれないな
おまえはパチンコやったら
はまりそうだな
そういうタイプだ
そう言われた
よく考えたら
今でもその言葉を思い出していたのだ
父の期待に沿って
父の言葉を信じて
父の予測どおりに
生きると
自分の価値を感じたのかもしれない
昨日読ませていただいた
ブログの記事にまったく同じようなことが書いてあった
親の言葉の呪縛だ
「おまえは~~のタイプだな」
その人を信頼していればいるほどに
価値を預けていればいるほどに
そのままを無意識に
実演するのだ
無意識だから
昨日まで気づかなかった
私は
彼の言葉を彼の期待に
応えて
行っていた
もちろん彼の期待でも希望でもない
ただの彼の予測、観測だ
でもそれに応えるのが
私が自分の価値を求める方法だったのだ
自分が圧倒的に信頼する人間の言葉
特に自分に向けた言葉は
いつの間にか自分の中にしみこんで
その言葉どおりにすることが自分の価値を高めること
相手から愛情を受ける権利を得ることだと思い込む
親の呪縛ってこえー!!!
と、思った
私の場合
父親の影響がすごく強すぎる
父と私は別なのに
父に受け入れられないと 「私でない」と思っている
さらに
世間に受け入れられないと「私でない」と思っている
生き難いのは当然だ
よね~