なんだかね
意義を作ったり
意味をつくったり
そうやって
私たちは生きている
そうするとゲームが
楽しくなるからね
たとえてみる
たくさんの人が同じゲームを同時に始めるとする
誰か一人がそれをすごいスピードで進めていくとする
そうすると
そのスピードのある人をみて
自分も もっとスピードを出したいと思う人が出てくる
そして
スピードがある人に、どうしたらそういうふうにスピードが出るかきく
その人は教える
みなが真似をし始める
でも
スピード出して効率よくゲームをこなしているように見えたその人はいつの間にか
攻略本を出版し
他のプレイヤーにそれを売り
一山財産を築き始める
裕福になったその人は
なんだか心にゆとりを持ち幸せに家族と暮らす
それを見たほかのプレイヤーは
「一芸秀でること」を目指し
「お金を稼ぐ」ことをいいことなんじゃないかと
錯覚していく
そして
劣等感が生まれ
自分の価値を見失う
他人に価値をあわせたからだ
そして
いつの間にか忘れちゃう
あれあれあれ?
最初の目的はなんだった?
ああ
決して
このゲームをスピーディに進めることではなかったね
そうだ
このゲームを
ただ「楽しむこと」だったね
そんな感じじゃないか?
この世界なんて
あるとき
気づくんだ
楽しみ方はいろいろだけど
他人のフィールドや価値観の上で楽しむよりも
自分を見失わずに
自分の価値を持ったまま楽しむ方が
いいと
最後の最後に気づくんじゃないかな
このゲームで言えばね
「スピードなんてあってもなくても私が楽しけりゃいいのさ」って
気づいた人から
きっと変わるのさ