最近特に思うけど
傍から見て
変な言動をとる変わった人や
いわゆる「嫌なやつ」といわれる人も
みんなその言動は
「自分を保つために」していることだと
理解すると
誰も責める気がなくなるってものだ
自分を安定させるために他人の悪口を言っている
自分を安定させるために嫁をいじめる
自分を安定させるために部下をたたく
自分を安定させるためにパチンコする
自分を安定させるためにとりあえずうまくいかない物事にぶつかったとき感情爆発をする
自分が自分を守るために
自分が自分を安定させるために
自分が自分を保つために
この世でみんなと「普通に」生きていくために
そうやって
表現している
それが他人から見て
不快であったとしても
「その人の問題だ」と思う
まれに自分に被害が及ぶ場合があるけど
それは自分がその問題に関して
まだまだ見つめるべきことがあるということで
自分が無意識に招きいれたことであるので
他人事としてみるよりか
まあ、よくよく見つめた方がいいと思う
でも
最近はめっきりない
あ、恐怖政治の上司がくるけどねえ
それに憤りを感じる瞬間があるけどね
それは私の問題でもあるね
コーチングの方法がなぜそんなに会社のサービス方針と異なるのか?
バカじゃないと思うんだけどなあ
その人も
でも
部下のやる気を削っているのは確かだなあ
そりゃ、売り上げを上げるために
その人もプレッシャーかかってるからだろうけど
方法が効果的じゃないってのが
「なぜ?」だよね
その方法が適切じゃないってのはあくまで
私の考えだけどね
論文にして提出したいけど
私の店の実績がいまいちだから提出しにくいわ
大体改善案を同時に出さなくてはいけないからね
では
本当にやる気を出させるコーチングとは?
…かけると思うけど面倒くさい
会社もめんどくさいだろうね
たくさんの個性を生かす方法を
考えなくちゃいけない
私がレポート書くなら
書き出しは
「300人の部下の前でしゃべるとき
その300人全員がやる気を出させることが言えますか?」だな
「今の」彼女には無理だ
なぜなら
渦中にいるしね
外に立ってみることない
同じエリアでも広いからね
ハッパかけられて燃えるタイプと
持ち上げてえんやこらして
動き出すタイプといるからね
もちろんそんな悠長な社員はいらないって言ってもね
そのエリアエリアの県民性があるのですよ
その人たちに合わせてやる気を出させなくて
どうすんの?
だからね
もし私が全国の1000人のやる気を出させるなら
「できる自分」を思い出し味わってもらう、そんなスピーチをする
「君たちはこのままではダメだ!!」
なんてスピーチは昭和ですよ
やはり伸びる企業は
きっと個人を信頼されている
信頼されていると感じると人は頑張れるものだ
信頼を伝えられたうえで
会社の方向を伝えられれば
「よし、私も会社のために協力するぞ!」となる
それが出来ない今の上司は
私にいろいろ気づかせる
すばらしい能力をたくさん持ち合わせた
人間らしい人なんだけどなあ
彼女自身を保つため
上司に言われたことをやっているという実感のためなのかなあ
そうやって私たち部下を糾弾していると「私がやるべきことはやっている」という実感につながっているのかもしれないなあ