記憶を味わう | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

昨日旦那と子供とゲーセンいった

昔の4号機のスロットしながら
ふっと気づいた

うーん

私がパチンコやスロットしてたのって
楽しいことの「記憶」を味わいにいってたんだ~って



過去の大勝したりした記憶を味わうために

その記憶を味わいに行ってたんだ


一回それを記憶すると
またその記憶を再生したくなる
それが「期待」

また、あの気持ち、味わうぞ~!!

って
行くわけだ

ギャンブルってみんなそうだね
ギャンブルにかぎらんけどさ


あの、ゲーセンで
ふっと自動的に演出がどうなるかって期待しながら打っている自分に気づいた

どうなるか、って期待するからおもしろいんだね
どうなるか、って期待して
そのとおりになると
またうれしいんだね

超、人間的ゲームだね
楽しいね

その場で立ち止まっている遊びだね


自分の中を泡だて器でゆっくりぐるぐるかき混ぜてるみたいな
そんな感じ

光も放たず
エネルギーの発散も交換もなし

ただ自分の内側でウネウネ
クネクネ
グルグル

同じ内容を混ぜている


それがギャンブルか?

ギャンブルに限らないけど(笑)

昨日そんなことを感じた


それが悪いとは思わない
でも素敵とも思わない


すばらしい絵があって
その絵には
暗い色、明るい色のところ
鮮やかな部分、無彩色な部分
いろいろあって
それで美しい絵になっている

真っ白じゃ、絵にならん

暗いところがあるから
明るい色が映える

無彩色があるから有彩色が映える

そんな風に
暗いところも
無彩色も
私という大きな絵には必ずある場所であり
必要な場所なのだ
それがバランスってやつ


そのパチンコする習慣ってのは
楽しい趣味であり
私の中で前にも後ろにも進まないものだ

停滞を意味する

でも安心するのだ

別にそれで借金したりすることもなく
限度を知りやっているから
別に新たな問題も生まないしな
(昔は1日に10万負けて次の日に15万取り返す、とか普通だったけどね…)

停滞し
安心するのはなぜか

なんで他に何もしようとしなかったのかではなく
私には、ただ、そのとき、それしか出来なかったのだと
知ることだ

安心したかったんだよね~私は
記憶の海で泳ぎたかったのさ

夢を見続けるようなものだ

それにも理由があるのだ


とにかく私は好きだよ
なんでも
刺激的なことは

ただやりたくないことは
やりたくない
当たり前だけど、それだけ


ただ安心したい

なぜか?

普段から安心できないからかな?