人間スーツ | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

大人が
赤ちゃん用のボディスーツを着ようとする
私たちが人間として生きる準備って
そーんな感じっていう
イメージ


もっとすごく無限なる大きなものが
入るので
厳密には違うけど

私のイメージでは
無限なるものが
多くの突起を伸ばしていく
長く、長く

へその緒のように
ぴゅーっっと伸びた先に
大きな無限の一部がある

その無限の生命体が
小さな小さなキツーい ボディスーツを着る

そのボディスーツが
「人間に入る用スーツ」

それを着て初めて
人間に入れる


着るときはきっと
ちょと不思議な気分だろう


そして
それを着ると
自分が有限になる

制限される

そして
人間としてのあらゆる意識に
アクセスするようになる

そのまえはする必要もなかったところだけどね



さて
そのスーツを着ると
自分はこの「スーツを着た自分」という存在だけだ、と分離したように感じ
周りのものがまるで自分で無いように感じる

ここから
すべてが始まる
と思って私はイメージしている



で、最近私が感じたこと


その「人間用スーツ」を着ると
人間のあらゆる階層の感覚を感じることが出来る


で、感じて当然だ、ということ

そのためにスーツを着たんだということ


人間の型を描く
その人間をたてにして横に何本か線を引いていく


たとえば
天使と通じるとき
自分の中の
この中の比較的上の部分
その部分を感じるときが天使などと通じていると感じるのだ

たとえば
判断をもたない神と通じるとき
そのときは自分の頭頂部に近い部分で感じているときに
「神」と思うのだろう
まあ「自分」なんだけどね

そしてご先祖様とか
人間らしくなればなるほどに
そのまんま、意識をあげなくても通じる
どんどん下の部分に


そして


思ったのは
どんなに判断だらけで
恐れだらけの人間が目の前に現れてそれを「感じた」からって

その部分が自分の中にあるのは
当たり前であり
自分を責めることではないということ

私たちは
あらゆる感覚を持ち合わせている
万能なものだから
あらゆる感覚を理解して当然なのだ

おしりのあたりでも
なんでも

汚いといわれる感情とか
恐れとか
そういうものを
目の当たりにしても
ただそれだけのことなのだ


自分が反応するまで
あえて自分自身を実験的にその場に置かなくてもいいということだ


私たちは
人間スーツを着て
人間としての感覚を
万能にすべて理解できる


たぶんその「人間スーツ」を脱ぐと
理解する必要とか無いから
そんなの
アリが巣を作るのをただ視界の端で見るような感じで
気にも留めない

観察して楽しむことがあるかもしれないけどさ



つまり
人間スーツを着ると
いろんな瑣末なことでも 「自分のこととして」
感じたりできる「権利」を手に入れることが出来るのだ



それってすごいよね


だから
(振動が)低い感情や(振動が)重い状況を感じたことに「罪悪感」を持っていた私は

なぜか
やっと昨日おとといあたりで
しっかり
それがわかったみたいで
楽になった


それが人間であり
いつでも
それらすべてを持ち合わせている
それが人間

頭の先から
足の先まで
あらゆるレベルの感覚を
体内に持っている

体内っていっても
もっと大きいんだけどさ
実際は

絵で描いて整理したいけど
ここでは描けないな…